「格差社会」という言葉の生みの親である経済学者の橘木俊詔さんには後でふれるが、教育格差にかんする著書や共著書も多い。その最新刊が本書『教育格差の経済学』(NHK出版新書)である。
いったい何が教育格差を生み出しているのか。2010年に『日本の教育格差』(岩波新書)を出してから10年。格差はさらに拡大し、教育格差を容認する人が増えている、と指摘する。
橘木さんは京都大学教授などを経て、現在は京都女子大学客員教授、京都大学名誉教授。専攻は労働経済学、公共経済学。
教育格差を是正するという立場から、上記『日本の教育格差』のほかにも『子ども格差の経済学』(東洋経済新報社)、共著書として『教育と格差――なぜ人はブランド校を目指すのか』(日本評論社)、『学歴格差の経済学』(勁草書房)を出している。
これまで日本人は教育の機会平等を大切な概念と考えてきたが、最近になってその考えを変更しつつあるという。親が経済的に豊かであれば、子どもが高い教育を受けるのは当然であり、やむをえないと多くの人が考えるようになったというのだ。
その根拠として挙げているのが、「学校教育に対する保護者の意識調査」(ベネッセ教育総合研究所・朝日新聞社)における2004年と2018年のデータの比較だ。
「所得の多い家庭の子どものほうがよりよい教育を受ける傾向をどう思うか」という質問に対し、2004年には「当然だ」「やむをえない」と回答した人が46.4%だったのに対し、2018年には62.3%と教育における格差を容認する人がかなりの勢いで増加している。
また格差社会が進むと予想する人が圧倒的に多いことからも、教育の機会の平等すらない時代になってしまったと憂えている。
本書の構成は以下の通り。
第1章 子どもの格差を容認する親たち 第2章 子どもの将来は何で決まるのか 第3章 幼児教育のコストとリターンを読み解く 第4章 公教育で格差は乗り越えられるか 第5章 学歴社会の行方を考える
幼児教育に注目しているのが特徴だ。幼児教育の効果は認知能力だけではなく、非認知能力(指導力、計画性、向上心、頑張る精神、協調性など、性格や精神の有り様に関する能力)にも及ぶという。アメリカのノーベル経済学賞受賞者であるジェームズ・ヘックマンが、幼児教育がその後の学校教育よりも重要であることを実証研究したことを紹介している。
アメリカではこうした研究に基づき、100万人以上もの恵まれない家庭の子どもに無償で保育の場所を提供して学習させる「ヘッド・スタート」計画が行われているそうだ。
あまり効果がないという指摘もあるが、橘木さんはこう書いている。
「スタート時点においてハンディキャップのある人ができるだけ高い教育を受け、高い収入を得られる職業に就ける可能性を開きうる幼児教育政策は、少なくとも機会の平等の観点から賛成である」
保育園出身者と幼稚園出身者の大学進学率を調べた論文(Akabayashi and Tanaka、2013)を紹介し、国立大学への進学率に関しては保育園出身者のほうが幼稚園出身者よりも有意に高い効果を持っていたという。保育園のほうが自立に必要な訓練を受ける期間が長いことなどを理由として推測している。
2010年に文科省は幼稚園に通っていた子どものほうが保育園に通っていた子どもよりも成績が良い、という報告書を出して物議をかもしたことにもふれている。
幼稚園か保育園かは所管する官庁の違いもあり、容易に一元化は出来ないが、橘木さんは、「これからの日本は既婚女性も働くのが一般的であろうから、保育園のほうが社会に馴染みやすい。今の幼稚園は徐々に保育園に置き換えていけばいいように思われるが、それを実行するには、官庁の縄張り争いを廃する政治の判断が求められる」と書いている。
最後に学歴社会の行方を論じ、名門高校→名門大学→一流企業というコースが崩れていることを指摘している。そして新たな傾向として医学部進学希望者の増大を挙げている。灘高校では卒業生200人程度のうち半数弱が医学部を志望するという。
コロナ禍の影響により、学校が休校した2020年。家庭のもつ経済力や「教育力」がさらに受験には影響を及ぼすことが予想される。
「オンライン教育を十分な環境で受けることができるかどうかという、新しい格差の出現も指摘されるようになった」
日本は、「生まれ」で人生の可能性が大きく制限される「緩やかな身分社会」であることを圧倒的なデータで検証した松岡亮二さん(早稲田大学准教授)の『教育格差――階層・地域・学歴』(ちくま新書)をBOOKウォッチでは紹介済みだ。
また、橘木さんの『子ども格差の経済学』(東洋経済新報社)、『「地元チーム」がある幸福』(集英社新書)と共著書『離婚の経済学』(講談社現代新書)も取り上げている。
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