出身家庭と地域という本人にはどうしようもない初期条件によって子供の最終学歴は異なり、収入・職業などの格差の基盤となる。つまり日本は、「生まれ」で人生の可能性が大きく制限される「緩やかな身分社会」であることを圧倒的なデータで検証したのが、本書『教育格差――階層・地域・学歴』(ちくま新書)である。
本書の内容に入る前に、先ごろ来年(2021年)の大学入試から導入されるはずだった英語の民間試験導入延期にふれたい。萩生田文科相の「身の丈」発言が批判のきっかけだった。延期を伝えるテレビニュースに、首都圏のある私立中高一貫校の教師と生徒が登場していた。「あれほど準備してきたのに」と延期を残念がっていた。一方、地方の公立高の生徒たちは、おおむね延期を歓迎していた。
この対照ぶりに、地域と学校によって入試改革への対応が大きく異なることが表れていた。つまり出身家庭と地域(私立中高一貫校に入ることが出来る環境)によって、公平であるべき入試が、不利益を拡大する契機になりかねないことを示していた。「身の丈」に合った対応しか出来ない生徒は不利益をこうむりかねない、だからこそ文科相の発言が炎上したのだろう。
出身家庭と地域によって、その後の人生が違うということは多くの人がうすうす感じているかもしれない。本書の凄みは、多くのデータに基づき、完膚なきまでにそのことを立証したことだ。本稿ではいくつかのデータを紹介するにとどめるが、学齢ごとに分析した以下の章タイトルに内容は現れているだろう。「第2章 幼児教育 目に見えにくい格差のはじまり」「第3章 小学校 不十分な格差縮小機能」「第4章 中学校 『選抜』前夜の教育格差」「第5章 高校 間接的に『生まれ』で隔離する制度」。
著者の松岡亮二さんは早稲田大学准教授の社会学者。博士(教育学)。国内外の学術誌で20編の査読付き論文を発表、東京大学社会科学研究所附属社会調査データアーカイブ研究センター優秀論文賞(2018年度)を受賞している。
本書で用いるデータは、「社会階層と社会移動に関する全国調査(SSM)」、21世紀出生児縦断調査(平成13年出生児)、国際数学・理科教育動向調査、OECD生徒の学習到達度調査(PISA)などだ。
父親の学歴別・四大卒以上の割合を示したグラフを見ると、20代から70代まで、男女ともどの世代でも大きな開きがある。男性40代では父・大卒の子供が80%大卒以上なのに対し、父・非大卒は27%で53ポイントの差がある。また女性20代では父・大卒の子供が76%大卒以上に対し、父・非大卒は35%で41ポイントの差がある。
日本では1960年ごろまでの大学進学率は10%を下回っており、団塊の世代あたりでは「父・非大卒」が当たり前だったが、その後の進学率上昇で、大きく状況が変わってきている。
本書では社会科学の分野で広く使われているSES(社会経済的地位)という言葉を多く使っている。日本では親の学歴と世帯収入は大きく重なるため、大卒・非大卒をSESの代理指標としている。そして、あらゆる局面でこの違いを痛感することになる。
総じて、高学歴の親は幼児教育の早い時期に行動を起こし、その差は子が大きくなるにつれて拡大している。負の影響が懸念されるテレビやゲームなどの時間について抑制を効かせている。
この傾向は小・中学校を通じても変わらず、「学校生活を通してどの層も学力は上がるが、格差は小4の時点で存在し、多少の変動はあるが基本的にそのまま維持されている」としている。親がめざす「教育ゴール」の違いが、子供の意識にも表れるようだ、と説明している。
中学3年になっても親の学歴別に学校外学習時間に差があり、両親・非大卒では1日あたり1時間半にすぎない。「受験地獄」は進学校をめざす一部の生徒にすぎない、と書いている。
そして、高校で「能力」による生徒の分離は完成する、としている。学校間にSES格差があるのだ。生徒の親の学歴・職業と家庭の蔵書数などを学校平均とした「学校SES」と学校ランク(偏差値)には強い相関関係があり、その見事なまでの一致には驚いた。
本書は大学入試にはふれていないが、受験シーズンが終わると毎年発売される週刊誌などから、どの高校から有名大学・難関大学に入るかは可視化されており、結果的に高校段階の格差がそのまま大学、社会人でも定着していくことを経験的にわれわれは知っている。
松岡さんは教育格差を是としている訳ではない。本書の「おわりに」にこう書いている。
「私は教育格差を発信することで、格差の再生産を強化していることになるのだ。私の両手も他者の血で赤く染まっている」
その上で、「提案1 分析可能なデータを収集する」「提案2 教職課程で『教育格差』を必修に!」という二つの提案をしている。
本書には、いわゆる「教育論」にありがちな理想論も「あるべき」論もない。データに基づいた分析と記述があるだけだ。高校入試の学校群制度の失敗(私立高校への退避と公立高校の相対的低下)や「ゆとり教育」がもたらしたことにも冷静に筆を進めている。
その上で、「同じ扱い」だけでは距離を詰めることは出来ない、として、アメリカでの低SES児童に対象を限定した未就学段階における特別支援プログラムなどの追加支援にも言及している。
本書を読み、公立の小中学校でも地域によって大きな差があることを知り、高SESの学区への引っ越しや私立への進学を検討する人もいるかもしれない。本書にアクセスする親を持つ時点で、子供にはアドバンテージが生まれている。
昨年7月に発売され、6刷と売れている。今後の教育政策に本書の分析が役に立つことを祈りたい。
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