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昭和の戦争は、アジア侵略か解放か?

論点別 昭和史

 日本の大学の学長で、もっとも活発に執筆活動も続けているのが学習院大学の井上寿一さんだ。専門は日本政治外交史。この数年を振り返っても、『第一次世界大戦と日本』(講談社現代新書)、『終戦後史 1945-1955』(講談社選書メチエ)、『昭和の戦争 日記で読む戦前日本』(講談社現代新書)、『戦争調査会 幻の政府文書を読み解く』(講談社現代新書)、『機密費外交 なぜ日中戦争は避けられなかったのか』(講談社現代新書)など毎年のように内容の濃い新書を出している。

 『戦争調査会』と『機密費外交』はすでにBOOKウォッチで紹介している。いずれも先の戦争に関して、あまり知られていないことを掘り起こした労作だった。

10の論点を検証

 最新刊が本書『論点別 昭和史 戦争への道』 (講談社現代新書)だ。昭和の戦争と社会を理解するための10の謎に迫る!というキャッチフレーズがついている。以下の10の論点についてコンパクトに検証している。

 天皇――なぜ立憲君主が「聖断」を下したのか?
 女性――戦争に反対したのか協力したのか?
 メディア――新聞・ラジオに戦争責任はなかったのか?
 経済――先進国か後進国か?
 格差――誰が「贅沢は敵だ」を支持したのか?
 政党――なぜ政党内閣は短命に終わったのか?
 官僚――なぜ官僚が権力の中枢を占めるようになったのか?
 外交――なぜ協調外交が戦争を招いたのか?
 日米開戦――なぜ回避できなかったのか?
 アジア――侵略か解放か?

 この中で、おそらく最も読者の関心が高いのは、最後に登場する「アジア――侵略か解放か?」だろう。昭和の戦争をどう見るか。その根幹になる大テーマだ。

 名称を「大東亜戦争」とする人々は「解放論者」、「アジア太平洋戦争」と呼ぶ人はおおむね「侵略論者」と区分けされてきた。

 もっとも、この問題は、すでに政治レベルでは決着がついているといえる。先ごろ亡くなった中曽根康弘氏は1983年、国会答弁で首相として初めて「侵略戦争」を認めている。その後の「村山首相談話」や「小泉首相談話」でも、このスタンスが継承されてきた。中曽根氏はその後も、「紛れも無い侵略戦争だった」「やるべからざる戦争であり、誤った戦争」と繰り返している。読売新聞の渡邉恒雄主筆も、同紙の「検証 戦争責任」で、日本は「満州侵略」からスタートし、「日中戦争、日米戦争へと、破滅への戦争を拡大させ、四五年の敗戦に至った」と先の戦争の大きな流れを総括している。

論争が繰り返される

 しかし、国内の右派の中には今も根強く「解放論」がある。本書によれば、戦後最も早く「解放論」を展開したのは作家の林房雄氏の「大東亜戦争肯定論」だという。1963年から2年間にわたって雑誌「中央公論」で連載された。これに異論を唱えたのが、特攻隊体験もある哲学者の上山春平氏。64年3月号の「中央公論」で、「植民地解放戦争と見るよりは、むしろ植民地再編成をめざす戦争と見るほうが、事実に即している」と批判した。林・上山論争はやがて忘れられたが、似たような論争は繰り返されている。

 90年代に入ると、作家の深田祐介が『黎明の世紀 大東亜会議とその主役たち』(91年)を出した。43年11月に開催された「大東亜会議」は、大東亜共栄圏内の戦争協力体制の強化を目的としたものだった。タイ、フィリピン、ビルマ、中国南京政府、満州国、自由インド仮政府の代表者が東京に集まった。深田の本の帯の惹句によれば、「欧米植民地主義からの解放をうたった史上初のアジア・サミット」だった。準備の過程では、会議参加国から戦争協力を調達する代わりに、独立を付与することが検討されていた。

 しかし、深田自身が、大東亜会議の理念とフィリピンの現実との「眼も眩むほどのギャップ」を作中人物に語らせている。

 「大東亜会議、そのものはいい。しかし軍が現地でやったことがすべてを台無しにした。皆が日本を信じたのに、それを日本が裏切ったんだ」

『太平洋戦争とアジア外交』を高く評価

 米国の歴史家ジョン・W・ダワーはすでに87年、『人種偏見――太平洋戦争に見る日米摩擦の底流』(TBSブリタニカ)で、大東亜共栄圏における「アジア人隷属」の例を挙げていた。第一は「露骨な人種主義」。日本兵による些細なことに対するビンタ、罵倒、暴行。第二は「日本化」の押し付け。日本式のお辞儀や宮中遙拝、カレンダーでの皇紀表記の強制。第三は日本語の「共通語」化。これが「大東亜共栄圏」の現実だった。

 井上さんは、96年に出版された波多野澄雄氏の『太平洋戦争とアジア外交』を高く評価する。戦時外交を主題とするもっとも包括的でわずかな隙もない史料実証性に富む研究書だという。そこにはこんなことが書かれているという。

 「東条内閣は、フィリピンとビルマの独立を認めた。アメリカはすでに1934年に法律によって、1946年のフィリピン独立を約束していた。日本も独立を認める以外になかった。ビルマの独立を認めたのは、ビルマがイギリスからの独立を求めていたからである。イギリスを屈服させる軍事戦略上の観点から、日本はビルマの独立を認めることにした」
 「インドネシアの場合は違った。インドネシアも独立を求めていた。しかし日本は認めなかった。インドネシアを戦略的な拠点・国防資源の供給地として、『帝国領土』に編入したからである。インドネシアは大東亜会議への参加を求める。しかし日本政府は招請状を送らなかった」

 大筋、これくらいで「侵略か、解放か」の結論は見えてくるのではないか。

東南アジアの資源獲得が目標

 このテーマで思い出すのは、すでにBOOKウォッチで紹介した『なぜ必敗の戦争を始めたのか――陸軍エリート将校反省会議』(文春新書)である。戦後に行われた会議の内容を、半藤一利さんがまとめなおしたものだ。参加者は対英米戦争開戦時に、陸軍中央部(陸軍省と参謀本部)の中堅参謀だった14人。仲間内という気安さもあり、生々しく正直な肉声が目立つ。

 なぜ「南進」をすることになったのか。本書に登場する元エリート軍人は、資源政策や軍事戦略上の重要性を語るのみだ。誰一人、「大東亜戦争はアジアの民族解放の聖戦だった」などとは口にしない。半藤さんの「解説」によれば、陸海軍とも、最終目標は東南アジア諸国が算出する石油や鉄鉱石の資源獲得だった。

 『太平洋戦争とアジア外交』の波多野氏も断言する。「日本政府は、民族解放や植民地支配の是非を争点に戦争に突入したのではなかった」。真の戦争目的は「大東亜」の地域の国防資源の確保と経済支配だった、と見ている。

 本書の10の論点は、一話完結の形式なので、どの章からでも読める。結果的にすべての章を読んでもらえれば著者として本望、と井上さんは記している。

  • 書名 論点別 昭和史
  • サブタイトル戦争への道
  • 監修・編集・著者名井上寿一 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2019年11月20日
  • 定価本体900円+税
  • 判型・ページ数新書判・256ページ
  • ISBN9784065178621

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