戦争が終わって75年も経つが、今も戦争の傷がいえない人がいる。その代表例が「戦争孤児」といわれる人たちだ。本書『かくされてきた戦争孤児』(講談社)は、戦後社会に無視され、置き去りにされてきた孤児たちの口惜しさと無念の思いを、孤児自身による調査や聞き取りをもとにまとめた貴重な一冊だ。
著者の金田茉莉さんは1935年、東京・浅草生まれ。「戦争孤児の会」元代表。空襲で母と姉妹を失い、国民学校3年生で孤児となる。40年間孤児だったことを明かさずにいたが、大病をきっかけに「戦争孤児の会」に入り、集団疎開、空襲の実態を調査。孤児たちがたどった過酷な人生の記録を後世に語り継いでいこうと語り部活動に努めている。
これまでに『母にささげる鎮魂記』『夜空のお星さま』を自費出版。共著に『平和のひろばを求めて』などがある。2019年吉川英治文化賞を受賞している。
戦争孤児は約12万人といわれる。東京では、東京大空襲で大量に生まれた。金田さんもその一人だ。
東京の子どもたちは戦況が悪化する中で地方に集団疎開。親は東京に残っていた。1945(昭和20)年3月10日、東京大空襲。下町を中心に10万人以上が亡くなった。
金田さんが通っていた浅草区国民学校では、約500人が宮城県に疎開していた。そのうち108人が、この空襲で孤児になったという。
金田さんの家では3歳の時、卸商の父が病死、母が商売を引き継いで支えてきた。金田さんが宮城から夜行列車で上野駅に戻ると、空襲で見渡す限り一面の焼け野原。6月になって母と姉の遺体が隅田川で見つかった。母35歳、姉14歳だった。7歳の妹は行方不明のままだった。
金田さんは関西の親戚の家に預けられた。そこで徹底的にいじめられ、冷遇された。これは戦争孤児でしばしばあるケースだ。食糧難の時代。押し付けられた子どもを食べさせることはどの家でも大変だった。
ところが、金田さんの場合、親戚の家はそれほどお金に困っていなかったという。むしろ羽振りが良かった。自分の娘は、お嬢様学校に通わせていたが、金田さんは下女扱い。まるで「シンデレラ」の世界だ。
のちに、とんでもないことを知る。空襲の焼け跡から父母が残した貯金通帳が見つかり、父の親友が、それをこの関西の親戚の家に送っていたというのだ。家が何軒も建つ金額だった、という。つまり、その親戚の家は、金田さんの親の貯金を使って家や工場を建て替え、贅沢をしていたことが発覚する。
のちに、当時いっしょに暮らしていた従兄から電話があった。子どもが生まれたので、名前を付けようとして偉いお坊さんに相談したら、「この子には川で亡くなった身内の人の霊がついている」といわれたとのこと。「川で亡くなった」のは金田さんの母や姉だ。「まだ成仏できないのか・・・」と、そのとき思ったという。
戦争孤児の多くは、孤児だった過去を隠して生きている。何かと差別されるからだ。金田さんもそうだったが、48歳のときの大病で人生観が変わったという。いつ死ぬか分からないと思い、身辺整理していたら、天袋の奥から娘時代の日記や手紙が出てきた。
そうだ、母にこれまでの人生を報告しておこう。――そう思って『母にささげる鎮魂記』『夜空のお星さま』を自費出版、それが機縁となって学童疎開を研究する会に入り、孤児調査に深く関わることになる。
本書は以下の構成。
第一章 戦争孤児と私 第二章 学童疎開と戦争孤児 第三章 隠蔽されてきた疎開孤児 第四章 全国孤児一斉調査と戦後の生活 第五章 浮浪児 終章 まとめに代えて
戦争孤児だった著者が、自身の境遇と仲間の証言などをもとに、戦後に生きた孤児たちの真実を明かす内容となっている。「戦争孤児実態調査」の最新記録だ。「孤児へのアンケート調査」「自殺を考えた孤児たちの証言」「明らかにされてこなかった戦争孤児問題」「孤児学寮」「孤児から浮浪児へ」「養子に出された孤児、身売りされた孤児」「浮浪児施設」「心の傷」などが細目で記されている。
金田さんは空襲で家族も、友人も、故郷も失った。自殺も考えたが、「自殺すると天国で母と会えない」と聞いて、ぎりぎりのところで踏ん張って生きてきた。
「我々は、いつまでたっても孤児から卒業できないのだ」
ある孤児から、金田さんが聞いた言葉だ。戦争孤児には生存権も、教育を受ける権利も、文化的な生活もなかった。さらに親の遺骨もない悲しさ、辛さを抱える人も多い。
金田さんは何とか生き抜いてきたが、劣悪な生活の影響で、中学一年で嗅覚を失い、若くして右目が見えなくなった。今も毎年、東京大空襲があった3月になると頭痛がして、胸が苦しくなる。
日本の戦争孤児は、国に見捨てられてきた、という。フランスでは孤児年金があり、福祉などで厚遇されている。同じ敗戦国のドイツでは、戦争被害を受けなかった国民が私有財産を提供し、戦争被害者を救済する制度がある。日本では軍人・軍属には手厚く、国はこれまでに60兆円の国家予算を使っているが、空襲死者やその遺族に対しては、いっさいの援助がない、と憤る。
戦後の日本社会が目を塞いできた戦争孤児の問題が、本書を通じて明らかになる。単に政治の怠慢にとどまらず、私たちすべての怠慢だと感じた。
BOOKウォッチでは関連本をいくつか紹介済みだ。本書と同じく講談社刊では、『もしも魔法が使えたら』がある。やはり東京大空襲で孤児になった星野光世さんが、自身と10人の戦争孤児の体験を絵と文章にしたものだ。『「駅の子」の闘い――戦争孤児たちの埋もれてきた戦後史』 (幻冬舎新書)は、駅をねぐらにしていた戦争孤児たちの記録だ。NHKスペシャルがもとになっている。
類書では、ノンフィクション作家の石井光太さんの『浮浪児1945-戦争が生んだ子供たち』(新潮社)がある。BOOKウォッチでは石井さんが現代の「孤児」に迫った『漂流児童』(潮出版社)、『本当の貧困の話をしよう』(文藝春秋)、『育てられない母親たち』(祥伝社新書)なども紹介している。
このほか、『「混血児」の戦後史』(青弓社)、『戦中・戦後の暮しの記録--君と、これから生まれてくる君へ』(暮しの手帖社)なども紹介している。
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