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高齢者の犯罪でいちばん多いのは?

ルポ 老人受刑者

 傘寿に近いが、意欲的に作品を発表しているライターがいる。斎藤充功さんだ。最新刊は『ルポ 老人受刑者』(中央公論新社)。高齢者の犯罪が増え、日本の刑務所が「老人ホーム」化しているという指摘もあるなかで、受刑者や刑務所関係者の取材を通して、その実態に迫っている。

近著に『恩赦と死刑囚』

 斎藤さんは1941年生まれというから、今年79歳ということになる。この齢で著作を出している人はそう多くはない。作家や学者、つまり書斎の中の仕事で済む人がほとんどだろう。しかし斎藤さんの本領はルポルタージュ。現場に行き、人に会い続ける。体力も気力も必要だ。並大抵のことではない。

 斎藤さんは東北大学工学部中退。『日米開戦五十年目の真実』『昭和史発掘 幻の特務機関「ヤマ」』『陸軍中野学校極秘計画』『小野田寛郎は29年間、ルバング島で何をしていたのか』『日本のスパイ王 陸軍中野学校の創設者・秋草俊少将の真実』『脱獄王』『諜報員たちの戦後』『伊藤博文を撃った男』『証言 陸軍中野学校 卒業生たちの追想』『塀の中の少年たち』『死刑囚小田島鐵男』など共著作を含めると50冊のノンフィクションを刊行している。このラインナップを見ただけで、かなり際どい、硬派の仕事を主とする人だということがわかる。

 BOOKウォッチではすでに、斎藤さんの近著『恩赦と死刑囚』(2018年刊、洋泉社)を紹介済みだ。平成が終わるタイミングで、「恩赦」の戦前・戦後史を振り返ったもの。特に「死刑囚」について踏み込んでいた。

 同書で感心したのは、「恩赦」で無期刑に減刑され、のちに仮釈放された元死刑囚と会っていることだ。さらに、かなり知られた事件の主犯だった別の死刑囚とは、11年余りの間に100回以上も面会し、頼まれて身元引受人にもなっている。簡単にできることではない。

医療刑務所には86歳の収容者も

 本書は、上記のような長年の「事件取材」の延長線上になる。以下の構成。

 序章 漂流する老人受刑者――過去の取材ノートから
 第一章 東日本成人矯正医療センター訪問記
 第二章 元矯正局長・西田博氏インタビュー
 第三章 黒羽刑務所見聞録
 第四章 「至道会」取材記
 第五章 出所者の社会復帰に向けて
 第六章 法学者・安田恵美氏インタビュー

 いくつか注釈が必要だろう。「東日本成人矯正医療センター」とは何か。これは東京・昭島市にある。廃庁になった八王子医療刑務所を整備・拡充してつくられた施設だという。18年1月にできた。要するに日本最大の医療刑務所だ。医師24名がいて12の科目で総合病院並みの診療をしている。手術も行う。一度に30人が人工透析できる設備もある。収容定員は580名。現在は心身の疾患受刑者約250名が収容されており、元日本赤軍の重信房子受刑者もここで「抗がん剤による治療」を受けているそうだ。最高齢の収容者は86歳。一般の刑務所のように、外界と隔てるコンクリートの壁はない。

 「至道会」は福島県内にある民間主導で運営されている更生保護施設。同様のものが全国に103か所あるという。

 斎藤さんはこれまで300人を超える元受刑者を取材してきたという。そのなかで、近年顕著になってきたのは、高齢の受刑者たちだ。塀の外の孤独で不安定な生活より、安全な刑務所を志願する老人たちが増加している。これは、刑務所の老人ホーム化なのか。社会から見捨てられ、置き去りにされた高齢者がいる――というのが本書取材の動機となっている。

「物忘れ」がひどい受刑者

 こうした状況には、法務当局も頭を痛めているようだ。さらには、斎藤さんの過去の著作に対する信頼度があるからだろう、刑務所、更生保護施設、支援組織の人たちが取材に応じている。それぞれの施設にいる受刑者や元受刑者のインタビューなどにも応じている。

 83歳のある受刑者はあと半年で出所する。身元引受人はさらに高齢の姉。調理師免許は持っているものの、出所後は生活保護しかないかと考えている。73歳のある無期懲役受刑者の罪名は殺人と強盗。妻とは離婚、三人の子供とは事件後、一度も会っていない。事件を起こしてから10年経つ。「殺めてしまい、本当に申し訳なく思っています・・・人を殺したという事実は一生忘れることはないです」。

 施設側の声も紹介されている。受刑者の処遇上、いちばんの問題は何ですか、という斎藤さんの問いに、黒羽刑務所の看守部長は「物忘れ」がひどい受刑者の扱いだと即答した。「認知症」の診断を受けた受刑者がいる。高齢受刑者の介護に手を取られ、現場では仕事量が増しているという。

 本書によれば、65歳以上の老人受刑者が全体に占める比率は2007年が2.65%、17年は4.81%。ただし、受刑者の実数が減っている(70989人→47331人)ので、老人受刑者の実数(1884人→2278人)が猛烈に増えているわけではない。そのなかでの顕著な特徴は70歳以上が急増していることで、この10年間に4.8倍になっている。

高齢者の犯罪は30年前の10倍

 警察庁は2020年7月21日、20年版の警察白書を発表した。それによると、昨年刑法犯罪で摘発された人の22.0%が65歳以上の高齢者で、30年前の10倍。高齢化社会で人口に占める高齢者の比率が増えているのは確かだが、それ以上の伸び率だ。

 高齢者の犯罪で目立つのが万引。17年の警察白書によれば、検挙者は未成年者(14~19歳)が7552人なのに対し、65歳以上が26106人。場所はコンビニやスーパー。日々の食料や日用品の入手にも事欠く高齢者が増えているということでもある。刑務所には入らないまでも、予備軍の高齢者が多くなっていることがわかる。

 本書は、じわじわと増え続ける高齢犯罪者をめぐる状況を、多方面の取材を通じて報告する。「受刑者」「出所者」が15人登場するが、自分と同年齢の取材者がインタビューに現れ、驚いた高齢受刑者も多かったのではないだろうか。

 BOOKウォッチでは関連で、『塀の中はワンダーランド』(KKベストセラーズ)、『刑務所しか居場所がない人たち――学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』(大月書店)、『本当の貧困の話をしよう―― 未来を変える方程式』(文藝春秋)、『加害者家族の子どもたちの現状と支援――犯罪に巻き込まれた子どもたちへのアプローチ』(現代人文社)、『少年犯罪はどのように裁かれるのか。――成人犯罪への道をたどらせないために』(合同出版)なども紹介している。



 
  • 書名 ルポ 老人受刑者
  • 監修・編集・著者名斎藤充功 著
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2020年5月 7日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・224ページ
  • ISBN9784120053030
 

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