生物学者が書いた本の中には対象のフィールドを興味深く書いたものが多い。本書『アリ語で寝言を言いました』(扶桑社新書)は、音声でコミュニケーションするアリがいるという驚くべき内容の本だ。
著者の村上貴弘さんは九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授。研究テーマは農業をするアリ、キノコアリだ。巣の中に畑を作り、そこで育てた菌類を女王や幼虫のエサとする。250種類あまりいるが、村上さんは南北アメリカにいるハキリアリを専門とし、パナマをフィールドに研究している。
さまざまなアリの生態を紹介しているが、タイトルにもなっている「アリ語」とは何か。ハキリアリの幼虫と働きアリを飼育ケースに入れ、録音したところ、「キュキュキュ」と忙しく音を発していた。
キリギリスやコオロギやセミなど、音を発する生き物は珍しくない。ハキリアリに限らず、多くのアリは音を発しているという。「腹柄節」という器官で音を出している。パナマでサンプリングした音を日本に持ち帰り、解析する。音のデータを音声解析ソフトでいくつかの要素に分け測定する。どういう状況ごとにその音が発せられたのかをグループ分けするのは、人力で当然、村上さんの仕事になる。
寝ぼけながら「キュキュキュ」と答えてしまったことから、娘さんに「アリ語をしゃべっている」と思われたらしい。アリ語の詳細については、論文執筆中なので、詳しいことは待ってほしいとのことだ。
アリ語はともかく、キノコを育てるハキリアリそのものも興味深い存在だ。茨城大学理学部を卒業、北海道大学大学院で東正剛教授の研究室に入り、「パナマに行くぞ」の一言で、この道に入った。パナマ運河の中にあるガトゥン湖に浮かぶ「バロ・コロラド島」は自然保護地域になっており、そこがフィールドだ。
キノコアリがどのように畑を作っているかの詳細な観察がされていないことを知り、村上さんは、女王アリ1個体と働きアリ59個体に印をつけ、それぞれ何をしているかを観察した。「1種50時間観察」を自分に課したのだ。
そうすると、彼女たち(働きアリはすべてメスだから)は、とても頻繁に自分たちの体をきれいにする「グルーミング」をすることが分かった。外から帰ってきた個体は、巣に入ると前脚や中脚を使って体全体をきれいにする。キノコ畑に寄生性の細菌やウイルスを持ち込まないためだという。
ところで、キノコアリ、ハキリアリが栽培している共生菌は、地球上でキノコアリ、ハキリアリの巣の中にしか存在しないことを村上さんは強調している。
「なんという深い信頼関係、まったくの別の生き物でありながら、お互いがお互いをここまで必要としている。その長く密接な関係性のため、アリの巣の中で独自に進化が進み、形を変え、名前もつけられない未知のキノコとして存在し続けてきたのだ」
ハキリアリに限らず、アリの世界は女系世界で女王アリのほか、働きアリはすべてメスだという。オスは精子の運び屋に過ぎず、まったく働かない「究極のヒモ」だそうだ。では、なんのためにオスはいるのか。女王アリがいなくなると働きアリは卵を産む。すべて未受精卵でオスになる。自分たちの遺伝子を外に運び出すためにオスを産むのだ。
一方で、キノコアリの中にはオスがいないものもいるという。イバラキノコアリの一種は女王アリがオスと交尾することなく無性生殖で増えている。コロニー全員が自分の分身のようなもので、多様性がなく脆弱だと思われるが、5000万年前から存在すると言い、「われわれが考える遺伝的な多様性のほかにも、個体を守る、もしくは遺伝子を十全に次の世代に伝える技がこのアリには備わっていることを示している」と書いている。
村上さんはヒアリの研究者でもある。ヒアリの痛みは「中の上」くらいだという。死に直結する危険はないが、駆除が難しいので、水際で食い止めることが大切だと指摘する。日本は現在、「未定着」だ。村上さんは、驚くべき方法での駆除を研究している。名付けて「ヒアリホイホイ」。ヒアリが嫌がる音を台湾で共同研究しているそうだ。「アリ語」の応用だ。嫌な音を聞いて巣から出てきたところを駆除するのだ。何に役立つか分からないと思われたアリの音声コミュニケーションの研究が、日の目を見そうだ。
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