読むべき本、見逃していない?

「世界の終わり」という地名がある!

世界でいちばん虚無な場所

 タイトルの勝利ということになるかもしれない。原題は「SAD TOPOGRAPHIES」。直訳すれば「悲しい地形図」という感じだろうか。それを『世界でいちばん虚無な場所』(柏書房)という邦題にして、「旅行に幻滅した人のためのガイドブック」という副題まで用意した。何が書いてあるのと想像が広がる。思わず手に取ってしまった。

「陰気な珍名コレクション」

 最初に種明かしをしておくと、本書は、世界地図を眺めながら悲惨な地名を探し出し、命名の由来などを探ったものだ。著者のダミアン・ラッドさんがネットで随時公開したところ、フォロワーが増え、書籍化したという。

 ラッドさんは1984年生まれ。芸術家、作家。オーストラリア・シドニー出身。ノルウェー・ベルゲン国立芸術大学で学び、現在はオランダ・アムステルダム在住。美術史家アビ・ヴァールブルクの『ムネモシュネ・アトラス』についての研究をしているという。

 数年前、ラッドさんは「絶望山」(Mount Hopeless)という名前の地名を見つけた。オーストラリア中南部にある。たまたま地図を眺めていて、その名が目に留まったのだ。なぜ「絶望」などという地名があるのか? そこでさらにGoogleマップで、似たような暗いイメージの言葉を打ち込んでいくと、「憂鬱池」「失望湾」「悲惨島」「飢餓川」「自殺岬」などという地名が次々と浮上した。そんな作業を数か月ほど続けているうちに、いつのまにか世界各地の「陰気な珍名コレクション」が出来上がっていた。

 ただそれだけの作業だと、「ざんねんな地名」のコレクターにとどまる。ポイントは、著者がイコノロジー(図像解釈学)の発案者ともいわれるアビ・ヴァールブルク(1866~1929)の研究者でもあるということだ。

 イコノロジーとは20世紀に入って、注目されるようになった美術史の手法だ。作品の主題・意味を、作品を生み出した社会や文化全体と関連づけて解釈しようとする。一般的には美術史家のパノフスキー(1892~1968)が提唱者とされているが、ヴァールブルクはそのパノフスキーに影響を与えた人物だという。

地名の裏には物語

 こうしたバックグラウンドから以下の推測が付く。著者のラッドさんは、「悲惨な地名」も一つの時代と社会、そこに生きた人たちが残した「作品」だと考えたに違いない。ゆえに、本書では奇妙な地名の理由などについて、難解な絵画作品の謎解きをするかのように、いわば「地名解釈学」的な考察を試みる。

 つまり本書は、単なる「悲惨地名辞典」にとどまらない。著者は以下のように説明している。

 「地図は・・・精神の産物であり、地図作成者の教養や経験、それがつくられた時代や場所を反映している。地図とは、記録、工芸品、指標、権威、物語なのだ」
 「それぞれの地名の裏には物語が存在するが、本書に出てくる悲しい場所の場合、物語の裏には悲劇的な出来事がある。しかし、それらの出来事の記憶は色褪せ、廃道の錆びた道標のように名前だけが残り、遠い昔の残響をこだまさせていることが多い。本書でわたしは、こうした廃道をたどろうとした」

 人類学者のレヴィ=ストロース、映画監督のアキ・カウリスマキ、ジャズミュージシャンのチェット・ベイカーなど多彩な人物を登場させながら、地名の背後に潜む社会史、文明史をひもといていく。

疫病の記憶がカナダの島名に

 いくつかの実例を紹介しておこう。「世界の終わり」はアメリカのカリフォルニア州にある地名だ。シエラネバダ山脈の一角。かつてゴールドラッシュに沸いた金探鉱者たちの足跡があちこちに残っている土地柄だという。1848年、金が見つかり、一獲千金を夢見た人々が押し寄せた。その2年前には人口200人に過ぎなかったサンフランシスコは、52年には3万6千人にふくれあがる。

 最大の被害者は先住民だった。金に飢えた採掘業者らによって土地を奪われたり、殺されたり、追い払われたり。推定15万人の人口が1870年には3万人に激減した。

 そしてある日、唐突にゴールドラッシュは終わった。「世界の終わり」という地名を残して。周辺には「ラストチャンス」「悪魔峰」などという地名もあるという。

 カナダのバンクーバーの近くには「悲哀諸島」というのがある。命名したのは19世紀中葉、この地域の島や海峡の測量と命名を担当したイギリス人の測量士だ。彼の家族は1848年、ロンドンを襲ったコレラで亡くなっていた。その辛い思いを島々の名に込めたという。

 本書はこのほか、「死」(フィンランド)、「虐殺島」(カナダ)、「孤独島」(ロシア)など24の地名や場所を紹介している。登場する地名の多くは、人類の陰惨な経験の痕跡を記している。巻末には、全144か所の「世界の『虚無な土地』リスト」が掲載されている。

 BOOKウォッチでは関連で、『秘境旅行』(角川ソフィア文庫)、『世界秘境マップ』(飛鳥新社)、『世界「奇景」探索百科』(原書房)、『幻島図鑑』(河出書房新社)、『古代―近世「地名」来歴集』(アーツアンドクラフツ)なども紹介している。



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  • 書名 世界でいちばん虚無な場所
  • サブタイトル旅行に幻滅した人のためのガイドブック
  • 監修・編集・著者名ダミアン・ラッド 著、菅野楽章 訳
  • 出版社名柏書房
  • 出版年月日2020年4月10日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・200ページ
  • ISBN9784760151936

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