著者の清水浩史さんは「島」にとりつかれた人だ。それも普通の島ではない。きわめて珍しい島だ。すでに『秘島図鑑』を出している。今度は新たに『幻島図鑑』を刊行した。サブタイトルに「不思議な島の物語」とある。写真とルポで紹介している。出版元はともに河出書房新社。「秘島」や「幻島」・・・。ロマンをかきたてられる。
本書は「エサンベ鼻北小島」から始まっている。2~3ページにかけて見開きの写真が掲載されている。ところが見えるのは大海原。どこに島があるの、と目を凝らすが、見つからない。それも当然、この島は海面下に消えてしまったのだ。
清水さんは2018年9月1日に現地に足を運んだ。北海道宗谷郡猿払村。オホーツク海に面した海岸の約500メートル先にあるはずの島が見当たらない。目指す地点には、1987年の測量で海面上に1.4メートル、周囲70メートルほどの島(岩)があったはず。2014年には名前が付けられて地図にも登録されていたはずなのに。
驚いた清水さんは旧知の朝日新聞の記者にこの情報を伝えた。10月31日になって社会面に記事が出た。「海に消えてしまった? 北海道の小島、領海狭まる恐れ」の見出し。
・エサンベ鼻北小島が海上から見えなくなってしまった。 ・島が存在しなければ、日本の領海が狭まってしまう可能性がある。 ・海上保安庁は「風雪などで島が削れてなくなってしまうことはありうる」との見解で調査する方針。
概略このような「トクダネ」記事。すぐに他の大手メディアも後追いした。清水さんの「幻島」への旅は、報道機関や日本政府を仰天させる騒動を引き起こすことになった。今も引き続き調査が続いているようだ。
本書ではこのエサンベ鼻北小島など17の「幻島」を紹介している。はかなげで、希少性のある小さな島が選ばれている。ほとんどが無人島。珍しい名前やフォルム(形状)、稀有な美しさ、面積が小さい、などが条件になっている。大半は知られざる島だ。
前著『秘島図鑑』では、絶海の小さな島、島の姿や形が個性的、一般の交通機関がなく、行こうと思っても簡単には行けない、住民がいない、忘れてはいけない歴史を秘めている、などが「秘島」の条件になっていた。絶海に浮かぶ島が多かった気がする。今回は、海岸からそう遠くないところにたたずむ島が目立つ。
例えば広島県のホボロ島。東広島市の安芸津町の海岸から約500メートルの沖に浮かぶ無人島。満潮時には島の大半が海面下に沈む。年々浸食が進み、100年後にはなくなると言われている。その時は文字通り、幻の島になるだろう。
この島が面白いのは波風の浸食で小さくなっているのではないということ。島にはダンゴムシそっくりの生物ナナツバコツブムシが生息している。その数なんと1000万匹。この小さな虫が巣穴をつくるために岩をかみ砕いているというのだ。そして島がなくなる。何か自然の空恐ろしいパワーを感じた。
著者の清水さんは1971年生まれ。早稲田大学政経学部卒。在学中は早稲田水中クラブに所属、ダイビングインストラクターの資格を取り、国内外の海と島の旅を続けている。テレビ局勤務を経て東大大学院法学政治学研究科の修士課程を修了、博士課程中退という変わり種だ。現在は編集者・ライターだという。午前0時からスタートする船便の体験記『深夜航路』(草思社)などの著書もある。
多くの読者は疑問に思うことだろう。立派な学歴の著者は、何が楽しくて「秘島」や「幻島」を訪ね歩いているのかと。著者自身が次のように書いている。
「幻島を旅するということは、移ろいゆくものに気づきやすい行為、いわば自らの日常を見直す行為、といえるのではないか」
「秘島」や「幻島」は、おおむねひとりぼっちに耐え、達観したかの如く独自の矜持を保ちながら単独で存在している。中には寿命が尽きつつある島もあるが、自然に身を任せている。人に例えれば、世捨て人や仙人に近い。隠棲している島なのだ。だからこそ、様々なしがらみに疲れ、忙しすぎる現代人が訪ねると、心が癒されほっとするのだろう。秘島や幻島の存在は、人間社会の写し鏡にもなっている。
BOOKウォッチでは関連で、『秘境神社めぐり』(ジー・ビー)、『世界秘境マップ』(飛鳥新社)、『秘境駅の謎』(天夢人 発行、山と渓谷社 発売)、『秘湯めぐりと秘境駅』(実業之日本社文庫)、『トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)、『世界「奇景」探索百科』(原書房)なども紹介している。
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