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自衛隊特殊部隊が北朝鮮へ、驚愕のドキュメント・ノベル

邦人奪還

 北朝鮮で有事が起き、それに日本人が巻き込まれたとき、自衛隊特殊部隊はどう動き、邦人保護はいかになされるのか。政府の動きから作戦行動の詳細までをシミュレーションしたドキュメント・ノベルが本書『邦人奪還』(新潮社)である。

著者は自衛隊「特殊部隊」創設者

 著者の伊藤祐靖氏は、1964年生まれ。日本体育大学から海上自衛隊に入隊。護衛艦「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事案に遭遇した。これをきっかけに全自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊「特別警備隊」の創設に携わった。2007年に退官。現在は各国の警察、軍隊への指導で世界を巡る。国内では警備会社のアドバイザーを務めるかたわら私塾を開き、現役自衛官に知識、技術を伝えている。著書に『国のために死ねるか 自衛隊「特殊部隊」創設者の思想と行動』『自衛隊失格 私が「特殊部隊」を去った理由』などがある。

 伊藤氏の経歴を書かなければ、本書に描かれている自衛隊特殊部隊とは、絵空事と思われるかもしれない。隊員たちの強靭な肉体とタフなメンタル、そして任務遂行への強い意志。それらは当事者でなければうかがえない、リアリティに満ちている。

尖閣諸島に潜入

 登場するのは、海上自衛隊特別警備隊、いわゆる特殊部隊だ。最初のミッションは、尖閣諸島だった。魚釣島に中国の国旗が掲げられたというのだ。最初は海上保安庁が対応するが、島に武装した勢力が潜んでいる可能性があるため、海上自衛隊特別警備隊の出番となった。

 隊員3人がひそかに上陸。言葉、ハンド・シグナル、無線機などを使わなくても、仲間の意思を感じ取り、自分の意思を伝える特別な能力を使い、相手に迫る。島に籠城しようとする相手を追い詰めようと、水場を使えなくする心理戦を展開し、敵を島から追い出す。ここでは戦闘の場面はないが、彼らの厳しい鍛錬ぶりが読者の脳裏に刻まれることになる。

 隠密裏に自衛隊を動かすという重大な政治決断は、老獪な官房長官が押し切ったものだった。なにやら現政権を戯画化したような首相と官房長官のコンビに、さらなる難題がふりかかる。

拉致被害者6人の救出作戦

 北朝鮮でクーデターが勃発。ミサイル発射基地のムスダンリの施設内に日本人拉致被害者6人がいるというのだ。アメリカはミサイル発射の兆候があれば、ピンポイント爆撃をすると伝えてきた。6人を邦人救出の枠組みで救出できないかどうかで、内閣は紛糾する。

 「自国民は、自国で守る。自国で救う」と自衛隊特殊部隊の投入を主張する官房長官に、「事実上自衛隊の海外派兵だ」と非難する外務大臣。首相は「誰とも目が合わないように宙をみつめていた」。この「邦人救出」作戦は、支持率を上げようと画策する官房長官の意図が働いたものだった。

 この時、尖閣の事案が頭の中にあった。自衛隊の特殊部隊に「奪還してみせる」と言わせれば、なんとかなる、と思ったのだ。特殊部隊が出動するまでの「政治」の駆け引きが中盤の読みどころだ。

ヘリ空母、イージス艦、潜水艦が出動

 いざ決まった任務の概要の一部はこうだ。

 「ヘリ空母『いずも』は救出隊50名を隠密裏に乗艦させ舞鶴港を出港、日本海の某地点で派遣ヘリコプター5機及びイージス艦『あたご』『あしがら』と会合し、ムスダンリ沖合に向かう」
 「救出隊の任務は、ムスダンリに降着後、速やかに邦人6名を救出し、衛星電話により外務省と連絡をとって、人物確認をして入国許可をとる。そして、許可の下りた人物を輸送ヘリに収容する」

 そして、もう一つのタスク・フォースがあった。呉港から潜水艦2隻に10名の海上自衛隊特殊部隊が乗り組み、救出隊を支援する無力化部隊だった。

 「軍事作戦上絶対に必要な行為なのですが、邦人救出の枠組みを外れる可能性があります。ですから、表向きの理屈としては、ここにも邦人が存在しているという情報があったことにします」

 現行法制との辻褄を合わせながら、軍事行動を進めようという著者が考えたシナリオだ。当然、平時ではありえないが、クーデターが起きて北朝鮮が無政府状態になっているという想定だから、考えられることでもある。

 そして、台風の悪天候をついて、闇夜の中、潜水艦から特殊部隊員たちが出撃する。そして......。

 具体的な戦闘の場面も描かれるが、それはどこか映画で見たようなシーンのように感じられる。リアリティはあるが、それ以上に、自衛隊が海外で外国の軍隊と戦っているということに頭がついていかないのだ。

拉致被害者は「人間の盾」か?

 読み終わり、もっとも印象に残ったのは、北朝鮮が拉致被害者を「人間の盾」として利用しているという認識だった。この「邦人救出」作戦は、そこに起因している。事実かどうか確かめるすべはないが、戦慄すべきことだ。本書の効用はそこにあるかもしれない。

 BOOKウォッチでは、関連で『自衛隊員は基地のトイレットペーパーを「自腹」で買う』(扶桑社新書)、『自衛隊の闇組織――秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)、『三階書記室の暗号 北朝鮮外交秘録』(文藝春秋)、『将軍様の鉄道――北朝鮮鉄道事情』(新潮社)などを紹介済みだ。

BOOKウォッチ編集部


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  • 書名 邦人奪還
  • サブタイトル自衛隊特殊部隊が動くとき
  • 監修・編集・著者名伊藤祐靖 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2020年6月15日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判変型・254ページ
  • ISBN9784103519928

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