本書『還暦からの底力』(講談社現代新書)をよくある「定年本」と思い、読んだ人は肩透かしをくらった気分になるだろう。ここには「定年を迎えたら、これをしなさい」とか「60歳になる前にこれを準備しなさい」といった類の話は一切出てこないからだ。
著者の出口治明さんは現在、立命館アジア太平洋大学(APU)学長。1948年生まれ。京都大学法学部を卒業後、日本生命保険相互会社に入社、2006年に退職。同年ライフネット生命保険株式会社を創業。社長、会長を10年務めた後、APUに移った。
訪れた世界の都市は120以上、読んだ本は1万冊。博識で知られ、著書も多い。『全世界史(上・下)』(新潮文庫)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)など。「週刊文春」に連載されている「出口治明の0から学ぶ『日本史』講義」は、古代篇・中世篇が文藝春秋から書籍化され、いま近・現代篇に差し掛かっている。今は大学に移ったが、教養ある経営者として知られてきた人だ。
出口さんが本書で強調しているのは「年齢フリー」ということだ。出口さんは還暦でライフネット生命を創業し、古希を迎えた2018年にAPUの学長に就任した。
物事をできるだけフラットに、「数字・ファクト・ロジック」でとらえ、年齢を気にせずに生きることを訴える。その上で健康寿命を延ばすために社会をどう変えていくべきかを論じている。いわゆる「ノウハウ本」ではないので、それを承知の上で読んでいただきたい。
構成は以下の通り。
第1章 社会とどう向き合うか 第2章 老後の孤独と家族とお金 第3章 自分への投資と、学び続けるということ 第4章 世界の見方を歴史に学ぶ 第5章 持続可能性の高い社会を子供たちに残すために
各章に多くのパートがあるので、興味を持ったところから読めばいいだろう。出口さんにかかわるエピソードをいくつか紹介したい。
出口さんは2017年にライフネット生命の会長を退任した。売上が100億円を超え、営業キャッシュフローも約40億円となったので、33歳の森亮介氏に代表取締役を譲ったのだ。最高顧問で残ってくれと言われたが、会社と業務委託契約を結び、仕事をするようにした。「代表取締役会長から一業者」への転身だ。
「取締役を辞めてよくわからない肩書をつけるのではなく、どういう役割を果たすのか及びそれに対する報酬を明確にして、一業者になって仕事をするほうがずっとフェアでしょう」
出口さんの背筋の伸びた生き方を表している。
APUへの転身の経緯も書いている。同大学は日本で初めての学長国際公募を行っていて、出口さんも104人の候補者の一人として推挙されていた。ドクター(博士号保持者)であること、英語に堪能であること、大学の管理者の経験があることが条件だったが、なに一つ当てはまらないので、自分が選ばれることはないだろうと思っていた。2回のインタビューを受け、出口さんに決まったことを知り、逃げられない以上、必死にがんばるしかないと覚悟を決めたという。なぜ採用されたかは触れていないが、同大学のプレゼンスは格段に上がったので、公募は成功したと言えるだろう。
大分県別府市にあるAPUは約6000人いる学生のうち半分が留学生だ。好きなことを徹底的に伸ばす「変態オタク」型の大学をめざし、多文化共生のキャンパスになっているという。同大学が近年、就職ランキングで上位に入っている理由がわかった。
もちろん本書では、「定年を即刻廃止し、健康寿命を延ばす」「『クオータ制』で女性の地位を引き上げよ」「男女差別が日本を衰退させている」などの政策論も書かれている。しかし、圧倒的に共感を覚えたのは、「人生で大切なのは好きなことをする時間」「『仕事が生きがい』という考え方が自分をなくす」「死んだら星のかけらに戻るだけ、恐れても仕方がない」という骨太な人生観だ。そうでなければ、大企業で働き、創業者となりながら、世界を旅し、多くの本を読み、書くことなど出来なかっただろう。
出口さんのモットーは「人・本・旅」だ。
「いろいろな人に会い、いろいろな本を読み、いろいろなところに出かけて行って刺激を受けたらたくさんの学びが得られ、その分人生は楽しくなります」
人生100年時代をパワフルに行動する指針が得られるに違いない。
BOOKウォッチでは、定年関連で、『定年後のお金――貯めるだけの人、上手に使って楽しめる人 』(中公新書) 、『定年消滅時代をどう生きるか』(講談社現代新書)、『定年不調』 (集英社新書)、 『独学のススメ-頑張らない! 「定年後」の学び方10か条』(中公新書ラクレ)など多数紹介済みだ。
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