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「本能寺」の前に明智光秀に「異変」が起きていた!

本能寺前夜

 「本能寺の変」と聞いて、だれしも興味を持つのは、なぜ明智光秀が織田信長を討ったかということだ。しかしながら本書『本能寺前夜――西国をめぐる攻防』 (角川選書)は直接そのことに答えた内容ではない。副題にもあるように、その前段の西国をめぐる争いについて詳述したものだ。もちろん、そうした作業を通して結果的に、信長を討ったことの背景を探ることになる。

「毛利氏」から見る

 大河ドラマで「麒麟がくる」を放送していることもあって、このところ類書が目に付く。信長に重用されていた有能な軍事指揮官、光秀はなぜ突如として信長を襲撃したのか。単独犯か、それとも密かに誰かと連携していたのか。背後には黒幕がいたのか、それはだれなのか・・・。学者のみならず歴史ファンや作家なども巻き込み、謎解きが続いている。巷間、およそ考えられうる説は、出尽くしていると言われるが、本書によれば、「完全な解明には至っていない」。それは光秀が本能寺の変から11日後に山崎の戦いで敗れ、決起の理由を語らないまま落命しているからだ。したがって周辺史料を発掘し、解明に取り組むしかない。

 本書は、織田勢力と西国の戦国大名・領主層との関係に着目することから、光秀が信長襲撃に至った背景について探ろうとしている。特に「毛利氏からの視点」を重視している。毛利氏には多数の同時代史料が残されているという。本書では当時の書状などが多数登場する。現代語に逐語訳されているので、書いた本人らの微妙な心理がうかがえて大いに参考になる。

 著者の光成準治さんは1963年生まれ。九州大学大学院比較社会文化学府博士課程修了。「日本中・近世移行期大名領国における社会構造の研究」で博士(比較社会文化)学位取得。九州大学大学院比較社会文化研究院特別研究者。専攻は日本中・近世移行期史。著書に『中・近世移行期大名領国の研究』(校倉書房)、『毛利輝元 西国の儀任せ置かるの由候』(ミネルヴァ書房)などがある。

光秀と秀吉の立場に齟齬

 本書は以下の構成。

 プロローグ 信長上洛以前の西国
 第一章 信長の上洛と西国の争乱
 第二章 毛利・織田同盟と義昭の追放
 第三章 毛利・織田戦争の勃発
 第四章 攻守逆転
 第五章 毛利・織田戦争の展開
 第六章 九州の大名と毛利氏・織田権力
 第七章 信長・秀吉・光秀
 エピローグ 本能寺の変

 信長との合戦を繰り広げ、将軍の権威を利用して西国諸大名との連携を試みた毛利氏。一方、毛利氏の勢力拡大に反発する大名・領主層を抱き込む包囲網を目論んだ信長。西国経略において競合していた軍事指揮官の秀吉と光秀は、最大の敵・毛利氏との決戦と、天下統一とが近づくにつれ、立場に齟齬を生じさせる――というのが、本書の骨格だ。本能寺の変が起きる前に、織田勢力内ですでに軋みが生じていた。

 光秀のライバル秀吉は、播磨攻略での失敗を、対毛利戦の成功で回復し、信長の厚遇を得つつあった。その結果、光秀を中心に模索されていた毛利氏との講和は不要になった。光秀がこだわっていた四国経略における講和路線も否定される。光秀に軍事指揮統括官として新たな活躍の場が与えられる蓋然性は極めて低い状況になっていた。このままでは完全失脚することが必定。そのとき、千載一遇のチャンスが巡ってきた。光秀はそれに賭けた――というのが著者の推論となる。本能寺の変の直前には光秀と秀吉との力関係や、信長との距離感が変わっていた、ということだろう。

信長は家臣を熾烈な競争に追い込んだ

 本書でユニークだなと思ったのは著者のクールな執筆スタンスだ。

 「本書においては多くの戦乱を描いた。しかし、・・・武士の姿を英雄的に描こうとしたのではない。織田信長や彼の家臣・・・戦国大名を英傑として称賛するものでもない。彼らは離合集散を繰り返し、同盟的関係にあっても、常に相手を疑い、利用することを考えていた」
 「彼らの行動には理念があったのか。・・・大義名分を掲げているものの、それは、領国民を戦争に駆り立て、あるいは、協力させるための謳い文句に過ぎない。・・・領国を維持するためには、周囲の勢力を殲滅、あるいは服従させて、拡大していくしかない。その結果、戦争自体が目的化してしまったのである」
 「現代においても、組織を維持するために、仮想敵を故意に強調して、組織構成員を競争に駆り立てるケースが横行している。国家間関係も同様である。権力は何を目的に行使すべきか。本書がそれを考える一助なれば幸いである」

 信長は家臣を熾烈な競争に追い込むことによって、天下統一を成し遂げようとしていたという。光秀や秀吉は信長の敵を駆逐するだけではなく、織田勢力内のライバルを蹴落とす必要があった。

 「ライバルに先を越されることは、自らの転落に直結するものだったからである。・・・この点においても、現代社会に通じるところがあるのではなかろうか」

 400年以上前の「日本史の謎」が、単なる謎解きではなく、現代に生きる私たちに直結する問題としてよみがえってくる。

 BOOKウォッチでは関連で、『信長の革命と光秀の正義』(幻冬舎新書)、『明智光秀』(NHK出版新書)、『戦国日本と大航海時代―― 秀吉・家康・政宗の外交戦略』(中公新書)、『飢餓と戦争の戦国を行く』(吉川弘文館)、『中世史講義』(ちくま新書)、『戦国江戸湾の海賊――北条水軍VS里見水軍』(戎光祥出版)、『豊臣家臣団の系図』(角川新書)、『上皇の日本史』(中公新書ラクレ)、『徳川家康の神格化』(平凡社)、『信長の経済戦略』(秀和システム)なども紹介している。


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  • 書名 本能寺前夜
  • サブタイトル西国をめぐる攻防
  • 出版社名株式会社KADOKAWA
  • 出版年月日2020年2月26日
  • 定価本体1700円+税
  • 判型・ページ数四六変形判・296ページ
  • ISBN9784047036710

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