コロナ禍により、貧困の問題に人々が目を向け始めている今、読んでいただきたい一冊がある。本書『ソーシャル・ビジネス革命』(早川書房)は、2006年にノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌスさんが、拡大する貧富の格差、深刻さを増す環境破壊、資本主義のほころびと人心の荒廃など、世界が直面する多くの課題をビジネスのしくみを応用して解決する「ソーシャル・ビジネス」について、大局的、理論的にまとめた本だ。
ユヌスさんは1940年バングラデシュ生まれ。米ヴァンダービルト大学で経済学博士号を取得。1972年に帰国、チッタゴン大学経済学部学部長として教鞭を執った。1974年の大飢饉をきっかけに大学のキャンパスを飛び出し、教授をしながら貧しい人々の救済活動に取り組んだ。
無担保少額融資のマイクロクレジットのしくみを作り、貧困者専門のグラミン銀行を設立、貧困者の救済に貢献した。800万人の借り手のうち97%が女性。預金残高は5億ドル以上にもなった。
経済的な持続性を維持しながら「損失ゼロ、配当ゼロ」で運営される革新的なシステムは世界から注目され、今はフランスのダノン社(ヨーグルト)と立ち上げた合弁会社「グラミン・ダノン」やインテルと組んだ遠隔地医療サービスなど、世界各地でソーシャル・ビジネスは広がりつつある。
本書は、グラミン銀行を始めた経緯から、各地の合弁事業の展開、そして「貧困の終焉」をめざす将来まで、あますところなくユヌスさんが明かした、ソーシャル・ビジネスのバイブルと言えよう。
ソーシャル・ビジネスの7つの原則は以下の通りだ。
1 経営目的は、利潤の最大化ではなく、人々や社会を脅かす貧困、教育、健康、情報アクセス、環境といった問題を解決することである。 2 財務的・経済的な持続可能性を実現する。 3 投資家は投資額のみを回収できる。投資の元本を超える配当は行われない。 4 投資額を返済して残る利益は、会社の拡大や改善のために留保される。 5 環境に配慮する。 6 従業員に市場賃金と標準以上の労働条件を提示する。 7 楽しむ!
ソーシャル・ビジネスは、「社会事業」や「社会的起業」、あるいはNGO、協同組合と似たようなものと思われるかもしれない。この点について、「第5章 ソーシャル・ビジネスの法的・財務的な枠組み」で、非営利組織との違いをこう説明している。
「ソーシャル・ビジネスの設立に非営利組織の法的構造を用いない最大の理由は、非営利組織には所有者がいないからだ。株式も発行できない。しかし、ソーシャル・ビジネスには通常の営利企業と同じように所有者がおり、株式の発行や売買を行うことができる」
ビジネスなので持続可能性が高いのが、ソーシャル・ビジネスの強みだ。
「第7章 ソーシャル・ビジネスのグローバル・インフラの構築」では、世界各地での取り組みが紹介されている。本書の監修をつとめた岡田昌治・九州大学知的財産本部特任教授(弁護士)のリーダーシップのもと、九州大学が設立した「グラミン・テクノロジー・ラボ」にもふれている。
さまざまな日本企業と協力し、グラミン・ファミリー企業が取り組んでいる社会問題を解決するテクノロジーの利用を開発していく。健康、農業、エネルギーなどの分野で、九州大学の学生や教授が考案した解決策は、まずバングラデシュに導入されたあと、ほかの発展途上国にも取り入れられるという。
本書が刊行されたのは2010年。2019年には3版が出ている。この間、日本では新しい動きがあった。ユヌスさんと吉本興業が提携し、2018年2月に、「ユヌス・よしもとソーシャルアクション株式会社(yySA)」が設立されたのだ。
吉本は全国47都道府県に「住みます芸人」を置いている。彼らはそれぞれの地域が抱える、農家の担い手不足、イジメ、環境問題など地域固有の課題に詳しい。そこで、住みます芸人が「ユヌス・よしもとソーシャルアクション」に課題を提案していく。資金が必要な場合はクラウド・ファンディングなどを利用し、調達するという。
ユヌスさんが提唱するソーシャル・ビジネスの実践と普及に向けて、 同社では具体的な事業を展開していくそうだ。
本書のむすびに、ユヌスさんは「貧しい人がひとりもいない世界、お腹を空かせたまま眠りにつく子どもがいない世界、予防可能な病気で早く亡くなる人がいない世界......」を2030年までに実現したい、と書いている。「ビジネス+利他の心」で世界を変えたい、という夢の実現に向けて動き出している。
ユヌスさんは国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)とも関わりがあり、日本へ講演に訪れている。
BOOKウォッチでは、「ユヌス・よしもとソーシャルアクション株式会社(yySA)」にもふれた『ビジネス大変身!』(文藝春秋)などを紹介している。
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