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「成功体験からの脱却」が生むブレークスルー

ビジネス大変身!

 20年前の1998年の出来事をご記憶だろうか。松坂大輔が夏の甲子園で活躍し、和歌山毒物カレー事件に世間がおののいた。

 なぜかこの年、自殺者数がそれまでの2万人台前半から3万2000人を超える。前年の97年にはアジア通貨危機が勃発、山一證券など企業の破綻が相次いだが、それだけで自殺者の急増を説明するのは難しい。

98年を境に提案型営業へと大変身

 その1998年に焦点をあて、ビジネスで大きな変身を試みる企業11社の取材を進めたのが本書『ビジネス大変身!』(文藝春秋)だ。著者は週刊文春や文藝春秋の取材記者として働いた経験もあるベテラン。2014年、経済誌Forbes JAPANの立ち上げに関わり、現在は編集次長兼シニアライターだ。

 本書で紹介されるのは第一生命、コマツといった大企業から西武信用金庫、吉本興業、フリマアプリのメルカリ、中小企業のミツフジまでユニークな経営に取り組む企業ばかりだ。

 西武信用金庫は東京・中野駅近くに本店を置き、全国に264ある信用金庫の中でも異色の存在として知られている。預貸率という数字がある。預金残高に対する貸出金残高の比率で、西武信金の場合、全国平均が5割を切るのに2017年9月の数字は83.49%。不良債権比率は1.17%と低い。

 信用金庫と聞くと街の金融機関のイメージが強い。中小企業や商店などの顧客を毎日、担当者が自転車で訪問する。西武信金も以前はそうした活動をしていた。それが98年を境に提案型営業へと変身する。この年、集金活動を廃止し、顧客の経営支援制度をスタートさせた。金融機関としては初めてビジネスフェアを開催し、顧客同士を結びつける試みも始めた。

 自分でできないことは外部の知恵を借りようと、大企業の社長経験者や国立大学の教授も参加する「技術経営士の会」の協力も得た。顧客から支援要請が来ると、専門知識があり、サポートが可能な経営士会の会員と信金職員がそろって訪ねる。相談は3回まで無料で、信金側が謝金を負担する。融資が必要ならその場で相談に応じ、極力速く決断する。道理で預貸率が高くなるわけだ。

吉本がグラミン銀行と新会社を立ち上げ

 吉本興業といえば人気お笑いタレントを多数かかえ、テレビのお笑い番組を席巻している。だが、その吉本がノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行のムハマド・ユヌスさんと今年1月、「ユヌス・よしもとソーシャルアクション」という会社を立ち上げたことは知らなかった。グラミン銀行はバングラデシュの貧しい人に、無担保で少額融資するマイクロクレジットを始めたことで知られる。

 吉本は東京や大阪だけでなく、全国47都道府県に「住みます芸人」を置いている。「住みます芸人」はそれぞれの地域が抱える、農家の担い手不足、イジメ、環境問題など地域固有の課題に詳しい。「そこで住みます芸人が『ユヌス・よしもとソーシャルアクション』に課題を提案していく」仕組みを取り入れた。資金が必要な場合はクラウド・フアァンディングなどを利用し、調達する。「ユヌスのソーシャルビジネスの原則は、『利益の最大化ではなく、社会問題の解決が目的』であるため、投資した者は投資額を回収するが、それ以上の配当は受け取らない」。解決方法は地域でシュアしていくという従来とは異なる試みだ。

 筆者はあとがきに、「1998年に時代が変わった。と言っても、明治維新や敗戦とは違い、なかなか気づきにくいものである」と書く。1998年が節目かどうかは異論がありそうだが、震災など大事件や大事故でも起きない限り、地滑り的に動き続ける社会の変化に気づくのは難しい。「『原点に立ち戻る』と言うと、一見、簡単なようだが、では、誰もができるわけではないのはなぜだろうか。目を曇らせているのは、先入観、付和雷同、同調圧力、あるいはよく言われる『過去の成功体験』から脱却することの難しさだろう」。

 本書には、激動の時代をビジネスから改めて考え直すヒントや手がかりが詰まっている。日常生活への反省をゆるやかに、しかし執拗に迫るという意味では、じんわりと効いてくる、ややほろ苦い薬とでも言えそうだ。

BOOKウォッチ編集部 レオナルド)
  • 書名 ビジネス大変身!
  • サブタイトルポスト資本主義11社の決断
  • 監修・編集・著者名藤吉雅春
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2018年4月25日
  • 定価本体1400円+税
  • 判型・ページ数B6判・255ページ
  • ISBN9784163908311

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