読むべき本、見逃していない?

世界の戦場を「会津魂」で取材したNHK記者

記者失格

 テレビに出てくるマスコミ人には、信用できそうな人とそうでない人がいるような気がする。本書『記者失格』(朝日新聞出版)の著者、柳澤秀夫さんは前々から、「信用できそうな人」という感じがしていたが、本書を読んで再確認できた。根拠となる話が多数収められている。とにかく、NHKのエース記者として、多くの修羅場取材を経験してきたにもかかわらず、自分のことをあえて「記者失格」と突き放す含羞が、この人にはある。

硬軟で活躍

 柳澤さんは「硬」と「軟」の二つの顔を持つ。それは柳澤さん自身が両方の仕事をしてきたからだ。

 硬派の代表的な仕事はNHKの国際報道。バンコク、マニラ各特派員、カイロ支局長を歴任してインドシナや中東の紛争・戦争を前線で取材してきた。とくに湾岸戦争時には、日本人記者として最初にバグダッドに入り、戦禍の惨状をリポートしたことで知られる。のちに解説委員や解説委員長の重責も果たした。

 軟派系の仕事では、「あさイチ」出演などがある。「ヤナギー」の愛称。有働由美子さんやイノッチと共に番組を盛り上げた。草なぎ剛さんと二人で一週間、ソウル市内のアパートに住んで「ニュースな街に住んでみた!」という企画に登場したこともある。

 18年9月にNHKを退職してからはフリーに。「大下容子ワイド!スクランブル」(テレビ朝日系)や「あさチャン!」(TBS系)、「Live News it!」(フジテレビ系)など各局の番組にコメンテーターとして出ている。そちらの番組でファンになったという人もいるだろう。

 50代で肺がんになり、手術から生還したことを公表しているので、関連の番組に出たこともある。

鴨武彦氏のゼミ

 柳澤さんは1953年生まれ。福島県会津若松市出身。小学生の頃は天文少年。天文学者を志していたが、色弱ということで断念せざるをえなくなり、早稲田大学政経学部へ。気鋭の国際政治学者として有名だった鴨武彦氏のゼミで学び、ジャーナリストを志す。

 本書は柳澤さんの初の著書ということもあり、子ども時代、大学時代、駆け出し記者時代、特派員時代、その後などが順に回想されている。その中からいくつか記憶に残ったところを紹介しよう。

 初任地は横浜支局。1977年9月、米軍機が横浜の住宅街に墜落する事故があった。住宅6軒が炎に包まれ幼い兄弟が大やけどを負い、亡くなった。NHKも記者たちが現場取材に入った。柳澤さんは正午のラジオニュースで自分の原稿が放送されるのを待っていた。

 「今日未明、幼い兄弟が相次いで息を引き取りました。三歳の林裕一郎くんは、午前0時40分ごろ、『おみずちょうだい』『パパ、ママ、バイバイ』と言って亡くなりました。一歳の康弘ちゃんは、午前4時すぎ、『ぽっぽっぽ』と、鳩ぽっぽの歌をかすかに口ずさみながら、息を引き取りました・・・」

 胸を締め付けられるような原稿だった。書いたのは柳澤さんではなかった。先輩記者。病室にいたわけでもないのに、なぜ兄弟の最期の言葉が書けたのか。

 兄弟が息を引き取ったあと、祖母が小さな棺の前でうなだれていた。先輩は黙って傍らに付き添っていたのだという。マイクは向けず、カメラを回したわけでもない。祖母が漏らす言葉にならない嗚咽のような小さな声に黙って耳を傾け、聞き取れたところをメモしただけだったという。柳澤さんは駆け出し記者時代の、このときの衝撃が忘れられない。

 「矢継ぎ早に質問をぶつけることしか知らなかった私は、そんな取材の仕方もあるのか、と目から鱗の落ちる思いだった」

「フリーなら死んでもいいのか」

 中東の戦場取材で命を落としたフリージャーナリスト、後藤健二さんの思い出も出てくる。中東取材の関係者が集まる場で知り合いになった。後藤さんのイラク映像とリポートで「クローズアップ現代」をつくろうとしたことがある。スタジオに来てもらい、イラクで何が起きているか語ってもらおうと考えた。ところが、編集がかなり進んだ段階で「フリーのジャーナリストを出すな」という指示が上から降りてきた。NHKの記者が危険な場所に行かず、危ない取材をフリーに押し付けていると見られてしまうからだというのだ。

 情けなくなったが、そのことを後藤さんに説明すると、彼は「いいんです」とおもむろに言ったという。「僕は、僕が撮ってきたものがテレビに出て、世の中の人に見てもらえればそれでいいんです」。番組では結局、柳澤さんが代わりに出演した。

 のちに後藤さんは、ISに捕まる。インターネットで殺害予告が行われた。オレンジ色の服を着せられた後藤さんの動画が流れた。柳澤さんは居ても立ってもいられなかった。東京から、届くかどうかわからないメールを彼宛に送った。その日の夜中のこと、風の音で目が覚めると、部屋の片隅に後藤さんが立っていた。その翌朝、彼がすでにISに殺されていたことを知った。

 フリーのジャーナリストには、アフリカで起きたエボラウイルスの現地取材でも世話になった。そのたびに「私は後ろめたさを感じる」と柳澤さんは書いている。

 危険地帯の取材では、フリージャーナリストがしばしば鉄砲玉のようになっている。彼らが捕まるとネットなどで「自己責任論」が浮上するが、「戦友」でもあり、世話にもなっている大手マスコミ記者からそうした声が出ることは少ない。BOOKウォッチでは安田純平さんの『ルポ 戦場出稼ぎ労働者 』(集英社新書)を紹介する中で、背景を説明した。

 柳澤さんは「フリーなら死んでもいいのか」と、番組デスクと口論したことがあるという。しかし、本書では、デスクにかみつく自分が、「立場の弱い人の味方だと自ら言っているようにも思えて虫唾が走る」とも書く。自分自身を絶対化せず相対化する、対象化することができるのが柳澤さんだ。その誠実さが「信頼感」につながる。

大量破壊兵器は見つからず

 本筋の仕事の中では「イラク戦争」のことを紹介しておきたい。9.11事件のあと、アメリカはイラク敵視を強める。パウエル国務長官は国連安保理でアルカイダがイラクと通じている、イラクは大量破壊兵器を隠していると主張した。

 柳澤さんの取材経験によれば、アルカイダとイラクのフセイン政権は水と油。「アメリカは嘘をついている」と感じた。ところが日本政府の反応は、「アメリカが言っているのだから間違いない」。

 解説委員だった柳澤さんはNHKの「あすを読む」という番組でイラク情勢を取り上げた。本番同様に行う解説委員室でのリハーサルでは、「事実を一つひとつ検証していくと、パウエル米国国務長官が安保理に提出した証拠の信憑性には疑問が残る」という論調で締めくくった。

 そのあと、ある先輩に呼び止められた。「パウエルが言っているんだから間違いないだろう。安保理でこれだけ証拠を示しているのに、間違いということはないんじゃないのか」。その言葉を聞いて耳を疑ったという。本書では「パウエルが言っているから間違いない」で済むなら、ジャーナリストは要らない、と書いている。

 その後、アメリカなどがイラクに侵攻、大量破壊兵器は発見できず、イラクの治安は悪化、テロやゲリラが延々と続くことになる。懸念は現実のものとなった。

 柳澤さんはこの前段として「9.11」によって米国内で愛国心が高まり、異論を言いにくい社会になっていたことを指摘している。米国ABCのキャスターが、ほんのちょっと大統領に批判的なことを言うだけで、猛烈なバッシングを浴びた。今日、ネットでよくみられるこうした傾向は、9.11がきっかけではないか、と指摘している。

辛酸を伝える先の欠けた鉄瓶

 本書では生い立ちから始まり、いろいろと自分自身への旅も記している。その中で、これは柳澤さんの人格形成にかなり大きなウエートを占めているな、と思ったのが「会津出身」という部分だ。

 会津藩は戊辰戦争で敗れ、白虎隊など多数の犠牲者を出した。藩は取り潰され、下北半島に移される。斗南藩だ。土地はやせ細り、食うや食わず。やがて、再び会津に戻る人もいた。柳澤さんのご先祖もいったん斗南に行き、のち会津に戻った。祖母が「戦争」と言うときは、「戊辰戦争」のことだった。

 当時の辛酸を伝えるものが柳澤家には残っている。口の欠けた古い南部鉄瓶だ。祖母はこの鉄瓶で湯を沸かしながら、先祖が斗南から持ち帰ることができたのは、この鉄瓶だけだとよく話していたという。

 柳澤さんが子どものころは、「什(じゅう)の掟」という会津藩で受け継がれた訓示が生きていた。ことあるごとに両親や祖母から聞かされたという。人をいたわること、我慢をすること、卑怯なふるまいをしないことを説いている。戊辰戦争ですべてを失った会津人の最後に残ったものが、この「什の掟」だとしている。柳澤さん自身の「背骨」にもなっている。

 東南アジアや中東の戦場で、敗者となった流浪の民に遭遇したとき、おそらく柳澤さんは無意識のうちに「会津」を、「什の掟」を思い起こしていたに違いない。

 NHKの元解説委員長というと、お堅いイメージが付きまとうが、本書は駆け出し記者当時そのままの書生っぽさに満ちている。聞こえてくるのは、一記者としての血も涙もある肉声だ。自分を「記者失格」とする柳澤さんが、今もなお「記者合格」を目指して煩悶を続けていることがよくわかる。一線の記者はもちろん、自身を安全圏に置いて、あれこれ講釈する人が少なくないように思えるテレビのコメンテーター諸氏にもすすめたい。

 BOOKウォッチでは関連で、『ある明治人の記録――会津人柴五郎の遺書』(中公新書)、『日報隠蔽――南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(集英社)、『告白――あるPKO隊員の死・23年目の真実』(講談社)、『政治介入されるテレビ』(青弓社)なども紹介している。

  • 書名 記者失格
  • 監修・編集・著者名柳澤秀夫 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2020年3月19日
  • 定価本体1400円+税
  • 判型・ページ数四六判・244ページ
  • ISBN9784023318717

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