読むべき本、見逃していない?

一橋大卒の元新聞記者はなぜ中東の戦場取材に突入したのか

  • 書名 ルポ 戦場出稼ぎ労働者
  • 監修・編集・著者名安田純平 著
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2010年3月 1日
  • 定価本体860円+税
  • 判型・ページ数新書判・254ページ
  • ISBN9784087205367

 シリア北部でイスラム武装組織に拘束されていたフリージャーナリスト、安田純平さんは2018年10月下旬、約3年4カ月ぶりに解放された。本書『ルポ 戦場出稼ぎ労働者 』(集英社新書)はその直後に再版されたもの。初版は2010年だ。

 失礼ながら安田さんがこんな本を出していたことはまったく知らなかった。タイトルからも分かるように、なかなか厄介なテーマに切り込んでいる。自らそうした労働者の一員になり、現場を体験していた。

捕まったのは自己責任?

 安田さんについては解放当時、ネットやテレビのワイドショー的な番組などで様々な意見が出ていた。手厳しいものもあったように思う。この平和な日本から、何で好き好んで戦場などに出かけているのか。捕まったのは自己責任だ。政府の手を煩わせるなど持ってのほかだという、これまでも繰り返されていた意見が散見されたと記憶する。

 もちろん、こうした見方は全国紙やテレビのニュース番組では少数派だった。というのも、大手メディアの記者たちは、自分たちが行けない場所に、フリーのジャーナリストが突っ込んでおり、彼らからも情報を得て自分たちの報道の肉づけをしているという一面があるからだ。

 しかも安田さんは、大手メディア記者たちと似た経歴の持ち主だ。1977年に一橋大学を卒業して信濃毎日新聞に入社、約6年間の新聞記者時代は、北アルプスし尿処理問題や脳死肝移植を担当。それからフリーに転身、戦場取材に入っている。フリーの中でも、大手メディアからは仲間意識を持たれ、重用されていたジャーナリストと言えるのではないか。実際、救出・支援活動では元大手紙記者なども陰に陽に加わっていたようだ。

イラク戦争の特徴は「戦争の民営化」

 さて、本書は2007年ごろ、安田さんがイラク戦争に戦場労働者として関わった記録である。それまでの取材で安田さんは、イラク戦争の大きな特徴として「戦争の民営化」があることに気づいていた。

 主に中東の民間企業が、米国防総省や米国務省などと請負契約を結び、物資輸送や警備、求職、基地建設、車両の整備、スポーツジムの運営、「テロリスト」容疑で拘束していたイラク人の尋問などあらゆる分野でイラク戦争の推進を支えている。その末端を担っているのが、アジア・アフリカからの出稼ぎ労働者だということが何となくわかっていた。

 軍人でもない彼らがどのような経緯でイラク入りしたのか。どういう労働・生活をしているのか、何を見たのか。そうした実情を知るために安田さんも彼らと同じ労働者になろうとする。

 安田さんは手始めにイラクの隣国クウェートに行く。「イラク行き、希望者急募」の張り紙が街中のあちこちで目についた。職種は「ウエイター」「ウエィトレス」「電気技師」「配管工」「溶接工」「大工」「タイル工」などなど。具体的に給料、食事、宿泊施設などが記されている。貼り紙を見ながら、それらのメモを取っていると、ビジネスマン風の男が声をかけてきた。「イラクに行きたいのか? いくら欲しい? どんな職種希望だ?」。応募者の国籍は問われない。必要なのは多少の英語力ぐらい。未熟練者であっても、相対的に高い給料を期待できる。

待機の合間に売春する女性も

 ここで大きな関門の入り口に立った安田さんだが、そのあとが大変だった。イラクで働くためにはビザが必要なのだ。それは持っていない。

 クウェートには、インド、ネパール、バングラデシュ、スリランカ、フィリピン、インドネシアなどからイラク行きをめざす出稼ぎ労働者があふれていた。彼らの中にはすでに日本円で何十万円かを払って、そのビザを入手している者もおれば、これから何らかの方法で入手しようとしている者、そのビザなしで潜り込もうとする者などがいた。

 安田さんは彼らとともに安アパートで、仲介者を探しながら渡航の算段をする。いわば下層民のたまり場でのカオス生活だ。待機しているフィリピン女性らは、合間に売春もしている。

 そもそも経済レベルの高い日本から、イラクに出稼ぎに行こうとするところで怪しまれた。取材などとは口が裂けても言えない。といって何か「技術」があるわけでもない。そこで安田さんが思いついた「売り」は、日本食の料理人。もちろん素人だが、中東では誰も和食を詳しく知らないから、ごまかせるのではないかと考えた。しかし、30社以上のエージェントにことごくハネられる。日本人は送れないというのだ。

ネパール人と同じ採用条件

 

 もうだめか、と諦めかけていたところで運よく採用が決まる。ネパール人と同じ採用条件。勤務地はバグダッド南方180キロのところにあるディワニヤ。イラク陸軍の訓練基地の建設現場で給食作業に当たる仕事だ。クウェート市内の大病院でちゃんとした健康診断が行われ、雇用契約書も交わされた。プロペラ機でついに空路、イラクへ。

 その後の展開についてはさらに本書を読んでいただくとして、ここまでの道のりを知るだけでも、簡単な取材ではないことが分かる。どうして著者は、こうまでしてイラク入りに執念を燃やしたのか。

 もちろん、「戦争の民営化」の実態を知りたい、伝えたいという気持ちが強かったからだろう。加えて著者の独特のメンタリティーがあるようにも感じた。それは「戦場記者」に共通するものだが、マスコミの世界を眺めると、ほかにも似たタイプの人が思い浮かぶ。要するに、「探検部員」のような人たちだ。未知のことに迫ろうとするたぐいまれな探究心と、タフな体力・精神力を併せ持つ。

 たとえば「ニューギニア高地人」などで名を成した元朝日記者の本多勝一氏。京大の探検部出身だ。あるいは最近では、様々な極地ルポで各種ノンフィクション賞を受賞している元朝日新聞記者の角幡唯介氏。こちらは早稲田大探検部の出身。一橋大の探検部出身ではアマゾン探検から始めてグレートジャーニーを続け、多数の著者がある関野吉晴氏、などが思い浮かぶ。

 安田さんが探検部出身かどうかは知らないが、拘束中、かなり過酷な生活に耐えていたという。狭いところに閉じ込められ、ほとんど体を動かすことができない。普通ならギブアップだが、耐えられたのは極限状況でもサバイバルできる「探検部」のような心身のパワーがあったからではないか。本書を読んで、そんなことを考えた。

 本欄では角幡氏の『極夜行』(文藝春秋)、またイラク関係では『日報隠蔽』(集英社)、『災害派遣と「軍隊」の狭間で――戦う自衛隊の人づくり』(かもがわ出版)を紹介済みだ。

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