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テレビ局幹部は「本当の放送法」を知らない

政治介入されるテレビ

 しばしば「テレビの危機」が指摘される。たいがい新聞や雑誌など活字メディアからだが、本書『政治介入されるテレビ』(青弓社)は、テレビの内側からの危機感の表明だ。

 著者の村上勝彦さんは1953年生まれ。東大を出てNHKで記者として20年以上勤務し、その後、編成局や経営計画などを経て、退職後にBPO(放送倫理・番組向上機構)事務局にも在職した。放送の現場と経営、さらにはBPOの実情まで知る人だ。

放送による表現の自由を確保する

 サブタイトルに「武器としての放送法」とあるように、本書は「放送法」を軸に展開されている。

 放送法とは何か。第一条には「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」と記されている。

 「かつてわが国において、軍閥、官僚が放送をその手中に握って国民に対する虚妄なる宣伝の手段に使ったやり方は、将来断じてこれを再演せしむべきではありません」

 これは放送法制定時の1950年4月、衆議院本会議での電気通信委員会・辻寛一委員長の発言だ。今の国会議員やテレビ局幹部で、この言葉を知る人はどれだけいるだろうか。

 戦前の言論を縛った新聞紙法や出版法は戦後、廃止された。放送法が、第一条のような目的を高く掲げ新たに制定されたのは、著者によれば、戦前・戦中の誤りを繰り返さないという痛烈な反省によるものだった。「政治の介入を防ぎ、放送局の自律を保障するために設けられたもの」「事実を曲げた報道や政治的な公平を判断する権限を政府に与えていない」と強調する。

 ところが、近年、放送に関わる人たちは、放送を所管する総務省から注意をされても仕方がないと思いがち。これは、「自律の放棄」であり、上記のような放送法の歴史と目的を知らないことから生じていると指摘する。

 本来は、「政府が番組に物を言うことは自由への介入」であることを視聴者に知ってもらうようにつとめなければならない。ところが、放送局は政府から注意されると反論することもできない。経営者は行政に頭が上がらない。そうした中で政府による情報コントロールがますます進んでいるのが現状だという。

「サンゴ移設」は別の場所の話だった

 本書は「第1章 官邸の強化と無知な放送局」「第2章 放送法を知ろう」「第3章 政府の番組への関与」「第4章 放送局の自律機能」「第5章 自律のためのBPO」「第6章 放送局を支える制作会社」「第7章 自由を守るために」の7章に分かれている。

 それぞれの章でさらに、「異様な免許制度」「郵政省の解釈変更」「放送局は行政指導に無抵抗」「繰り返される法規制の動きとふらつく放送局」「各国の放送規制」など深く突っ込んでいる。

 それぞれはこれまでもしばしば言われてきたことだが、政府主導が強まる最近の例として、NHKのいくつかの報道を挙げている。

 2018年9月に発生した北海道胆振東部地震。安倍晋三首相が午前9時半からの記者会見で発表した犠牲者数と、その段階でのNHKの独自調査とは大きな差があった。どちらを軸にするか。当時NHK報道局幹部の中には、独自調査ではなく、安倍総理による数字を使うべきだとする意見があったという。村上さんは「総理あるいは政府の発表を自分たちの取材よりも優先するという、報道機関としては考えられないもの」と嘆く。

 NHKの「日曜討論」の話も出ている。安倍首相が辺野古移設に伴う埋め立ての問題で、「土砂の投入にあたって、あそこのサンゴについては移している」と発言した。ところが、サンゴが移されたのは埋め立て中の海域とは別の海域の群体。さっそく沖縄県の玉城知事がツイッターで「事実と違う」と投稿、各紙も首相発言の事実誤認を書いた。

 村上さんは「日曜討論」で総理の発言をそのまま伝えること自体には問題はないが、発言内容が事実と違うという批判が出ているのなら、総理の発言が正しかったのか取材して報道する責任がある、としている。「発言内容を無批判に伝えるだけなら単なる広報でしかない」。

NHKを辞めて「告発」した記者も

 本書と同じように、元NHK記者による類書としては、相澤冬樹氏の『安倍官邸vs.NHK――森友事件をスクープした私が辞めた理由』(文藝春秋)がある。相澤氏はNHK大阪放送局の司法担当キャップとして「森友事件」を追っていたが、書く原稿は「安倍官邸とのつながり」を薄めるように替えられ、異動で現場をはずされて辞職、同書を上梓した。

 いわば「森友」に絞って、政権とNHKの癒着を告発したのが同書だが、村上さんの本書は「テレビと政治」という大きな網掛けで、とりわけ安倍政権のもとで締め付けが強まっている様子を、「放送法」の原点に立ち戻りながら、あくまで冷静に研究リポート風にまとめている。

 村上さんはどういう立場の人かなと思って、評者の友人のNHK関係者に聞いてみたところ、「NHKの中ではそれなりのコースを歩んだ人で、変な色がついているという人ではない」とのこと。いわばNHK内の真っ当な良識的な声が吐露されているのが本書だと言える。その意味でもマスコミ関係者やマスコミ志望の学生が、改めて現況を再認識するには好都合な一冊と言える。

 BOOKウォッチでは、戦前のマスコミが政府や軍部に支配され、戦争に協力していった歴史については、辻田真佐憲氏の『空気の検閲――大日本帝国の表現規制』(光文社新書)や『大本営発表――改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』(幻冬舎新書)を紹介済みだ。放送担当記者による長年のNHKウォッチとしては川本裕司氏の『変容するNHK――「忖度」とモラル崩壊の現場』(花伝社発行、共栄書房発売)を、安倍政権とメディアの関係については新聞労連委員長の南彰氏による『報道事変 ――なぜこの国では自由に質問できなくなったか』 (朝日新書)を紹介している。また現役のNHKディレクターによる著作では『ノモンハン 責任なき戦い』 (講談社現代新書)など多数を紹介している。

  • 書名 政治介入されるテレビ
  • サブタイトル武器としての放送法
  • 監修・編集・著者名村上勝彦 著
  • 出版社名青弓社
  • 出版年月日2019年8月26日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・204ページ
  • ISBN9784787234575
 

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