宇宙の謎は宇宙を作って解き明かす。そんな途方もないアイデアにまじめに取り組んでいる科学者たちがいる。本書『ユニバース2.0』(文藝春秋)は、実験室で宇宙を創造しようという試みは可能なのか、世界各地の科学者を女性フリージャーナリストが尋ね歩く、異色の科学書である。
著者のジーヤ・メラリさんは、ケンブリッジ大学で修士課程まで理論物理学を学び、その後、ブラウン大学で宇宙論の博士号を取得したジャーナリスト。『ネイチャー』などに寄稿している。物理学や宇宙論に詳しい彼女だからこそ、科学者たちも胸襟を開いて解説してくれる。
そんなやりとりを効果的に描いているのが、「第一章 ビッグバンの残像という手がかり」だ。カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中国系アメリカ人物理学者、アンソニー・ツェーは、この宇宙は宇宙外の知的存在により作られた可能性があると考えているだけでなく、「空にあまねく書き散らされたメッセージがある」という共著論文を発表していた。
頭のおかしい人間が取材に来たと警戒していたツェーは彼女のバックグラウンドを尋ね、かつての同僚が博士論文のアドバイザーであると聞いて、突如別人となり語り出した。
彼の業績を借りて、宇宙マイクロ波背景放射によるビッグバン・モデルの正しさを解説する。しかし、突然彼の口は重くなる。「あの論文については、あまりお話しすることはありません」。進化論に反対する創造論者たちに知られ、間違った解釈をされることを恐れていたのだ。ともあれ、可能性はあると確信した彼女は取材を続ける。
実験室で宇宙を作るには量子論の力が必要だと、スペインの物理学者、アントワーヌ・スアレス、宇宙は誕生直後に激烈な膨張を始め、光速を超える速さで空間を広げたとする「インフレーション理論」の提唱者、MITのアラン・グース、その「インフレーション理論」の欠陥を、宇宙を小さく分割するという発想で解決したスタンフォード大学のアンドレイ・リンデ、さらにこの宇宙は無数の泡のひとつにすぎず、唯一の存在ではないと論じるタフツ大学のアレクサンダー・ビレンキン......。
宇宙創造のための最後のピースを埋めたのは、日本の研究者だった。山口大学大学院創成科学研究科教授の坂井伸之さんだ。粒子加速器の中で宇宙を作るための材料は、少なくとも地球上にあるもので用意することができる。それが磁気単極子だという論文を書いた。
2006年に坂井さんらの論文は、「実験室で磁気単極子から宇宙を作ることは可能か?」というタイトルで『ニューサイエンティスト』に掲載された。
ところで磁気単極子とはどういうものか? N極とS極という二つの極を磁石は持つ。地球そのものも磁気双極子だ。磁気単極子は仮想上の粒子だが、ビッグバン直後には宇宙にあふれていたとされる。
本書に坂井さんが解説を書いている。今すぐに宇宙を作ることができるのか。答えはノーだという。まずは磁気単極子が見つかっていないこと、また磁気単極子がインフレーションを起こす条件を人工的に作るには強力な加速器を作る必要があること、最後に実験室で作った宇宙をいかに観測するかということだ。
本書は「実験室で宇宙を作れるか」というシンプルな問いへの答えを探すうちに、宇宙論の最先端に読者を連れ出してくれる。旧ソ連生まれのリンデやビレンキンがいかにしてアメリカに行き、現在のポストを得たのか、彼らの人間くさいドラマも描かれ、興味深い読み物にもなっている。
BOOKウォッチでは、関連で『宇宙の「果て」になにがあるのか』(講談社ブルーバックス)、『宇宙はどこまでわかっているのか』(幻冬舎新書)、『ホーキング博士』(宝島社刊)などを紹介している。
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