ホーキングが2018年3月に亡くなった。筋肉が萎縮して最後には自力で呼吸もできなくなる難病と闘いながら宇宙論を新たな地平へ導いた天才だ。「車いすのニュートン」と呼ばれ、ニュートン、アインシュタインに並ぶと称された。
業績は高等な数学を駆使したもので、「理解できない」と諦めている人は多いだろう。評者もそんな1人だが「どんな人だったのか、くらいは知りたい」とも思っていた。そんな願いに応えるのが本書『ホーキング博士』(宝島社刊)だ。
数式が出てくるのは1カ所だけ。ゼロによる割り算がなぜ不可能なのかを説明するくだりに限られている。それもごく平易だ。というのも、本書は物理での業績解説ではなく、ホーキングがどんな人生を送ったか―についての紹介だからだ。
著者の竹内さんは東京大などで物理学を学んだ理学博士だ。本業はサイエンスライター。20世紀自然科学最大の業績とされる相対性理論、量子力学、不完全性定理(ゲーデル)などエポック的な理論を分かりやすく解説した著書が多数ある。活動の幅は広く、テレビの科学番組でナビゲーターや小中学生を対象にしたフリースクールの校長も務めている。
ホーキングの人生を紹介すると言っても、業績と切り離せない側面は多い。業績について簡単にまとめると、こうなる。2つある。
自然界にある物質は、相対性理論の方程式を適用する宇宙など巨大スケールの物から、量子力学を適用する微小な素粒子まである。宇宙は膨張し続けているので時間をさかのぼれば、きわめて小さかった。そのためホーキングは2つの方程式を融合させて新たな量子宇宙論を提唱。これで、宇宙の始まりについて多くのことが分かってきた、という。
もう1つは、ブラックホールの性質をめぐる新説だ。ブラックホールは、極めて大きい質量が1点に集中して生まれる強い重力のために、物質が境界の外へ脱出できない上、空間も大きく歪んでいるため光も脱出できない。これが定説だったが、その境界上の1点に量子力学を適用、わずかなエネルギーが放出されていること(ホーキング放射)を導いた。
特に興味をそそられるのは、科学と神の関係だ。アインシュタインが神を信じていたのは、よく知られている。一方、ホーキングは無神論者だ。
それは、時間が始まる前と始まった後を画する境界はないとする「無境界仮説」を導いたからだ。ガウスが複素平面を導入したように、ホーキングは実時間を拡張した虚時間(実時間軸と直交する)を導入、実時間軸で点となって無限大に拡散してしまう時間の始まりの値を計算できるようにした。その結果、始まりは丸い面の上にあることが分かったという。「例えば南極に立つと、それより南がないのと同じで、時間の始まりよりも前はない」。天地創造には神に居場所はなかった、と言うわけだ。
実は「無境界仮説」を持ち出す前、ホーキングは師匠筋に当たるペンローズとともに宇宙の始まりにビッグバン(大爆発)があったことを相対性理論で証明している。大きさがゼロで物理量が定義(計算)できない空間の点(特異点)で大爆発が起きて宇宙が始まった、とした。「特異点定理」と呼ばれるが、ホーキング自身の無境界仮説によって否定された。
ただ、特異点定理は宇宙には始まりがあったことを意味するものだったので、神の存在証明だとして歓迎されたという。宇宙が始まったあとは相対性理論に従って膨張していったが、始まりだけは「何かきっかけがなくてはならない」という論理だ。1981年のヴァチカン会議にホーキングを招いた法王ヨハネ・パウロ2世は彼にこう言ったという。「ビッグバンそれ自体は探求してはならない。それは神の御業なのだから」。ホーキングは自著(『ホーキング、宇宙を語る』)でそのことを暴露している。
このほか人生のエピソードとしては、2度にわたる結婚と離婚や常に最悪を考える人生観などが、45の自身の言葉とともに紹介されている。
副題には「人類と宇宙の未来地図」とある。どこが、未来地図なのか。AIについて「非常に複雑な化学分子が人間の知能をつかさどっているのなら、同様に複雑な電子回路によってコンピュータが知的に振る舞うことも可能になるだろう。彼らが知的になったら、はるかに高度な複雑さと知性を備えたコンピュータを設計することができるだろう」と警鐘を鳴らしている。このほか宇宙人との接触などにも考えを述べている。
竹内さんの類書は『ホーキング 虚時間の宇宙』『不完全性定理とはなにか』(いずれもブルーバックス)『まんがでわかる 量子論』(PHP研究所)など多数ある。
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