昨年(2017年)受賞作がなかった、江戸川乱歩賞の今年の受賞作が本書『到達不能極』(講談社)である。南極が舞台のミステリーと聞いて読み始めた。本文の前に戦後の南極観測などの歴史が年表風に紹介されている。虚実はわからないが、なにやら1959年に南極の平和利用を定めた南極条約が締結されるまでに、前史があることが伝わってくる。
物語は二つの時間軸が交互に進行する。2018年、南極旅行のチャーター機がシステムダウンのため、不時着する。ツアーコンダクターの望月拓海と米国人の乗客ランディ・ベイカーは物資を求め、今は使用されていないアメリカの観測基地に行き、当座をしのぐ。
一方、1945年、南洋ペナン島の日本海軍基地から訓練生の星野信之は、ドイツから来た博士とその娘ロッテを南極にあるナチス・ドイツの秘密基地に送り届ける任務を受ける。
拓海らは同様に無線が孤絶した日本の南極観測隊員らと遭遇し、旧ソ連がかつて使用した「到達不能極」という名前の基地をめざす。
二つの軸はどう絡み合うのか。これ以上はネタバレになるので書けないが、「到達不能極」には秘密が隠されていた。
後半はSF色が強く、ミステリーを期待した読者には期待はずれになるかもしれない。人体にまつわる、ある科学的概念がキーワードになるが、その枠組みを利用(逸脱?)した本書の設定になじむことが出来る人は、壮大なスケールの物語と楽しめるだろう。
本書を読み、「到達不能極」について調べてみると、いろいろあることがわかった。陸地の「到達不能極」は、海から最も離れている地点で、ユーラシア大陸、南極大陸などでそれぞれ知られている。日本の「到達不能極」は長野県佐久市にある。「不能」とあるが、実際は「困難」くらいの意味だ。小説のタイトルとしては「到達不能極」でなければ迫力がないが。反対に海の「到達不能極」もあり、こちらは陸から最も離れている地点になる。太平洋の場合、南太平洋上にあり、最寄りの陸まで2690キロ離れているという。
ところで、この南極の「到達不能極」基地についてナチスの秘密基地があったとか、戦後まもなく行われたアメリカの南極観測計画には隠された意図があったとか、都市伝説めいた「トンデモ情報」がネットにあふれていることを知った。この小説もそうした謀略史観があるから成立しているとも言えるが、平和イメージの強い南極が軍事利用されたら、とんでもないことになっていただろう。
いまも南極観測船「しらせ」にその名が残る白瀬矗は1912年、大和雪原に上陸し、日本の領有を宣言した。認められなかったが、その後、大和雪原は海上だったと判明、そもそも前提を満たしていなかったことがわかった。評者は南極と聞くと、郷土の偉人、白瀬のこの哀しいエピソードを思い出す。
江戸川乱歩賞の選評で、作家の今野敏氏は「オーパーツマニアが喜びそうな素材や、近代史上の謎とされている事柄をうまく絡めている」と評している。
乱歩賞のライバルとも言える『このミステリーがすごい!』大賞の昨年の受賞作『オーパーツ 死を招く至宝』を本欄では紹介している。
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