本書『わたしのベスト3――作家が選ぶ名著名作』(毎日新聞出版)は2001年から16年にかけて毎日新聞に掲載された書評を再構成したものだ。「Ⅰ 物語に遊ぶ」、「Ⅱ わたしを作った本」、「Ⅲ 作家VS作家」、「Ⅳ テーマで読む」に大別されている。全部で120人ほどが登場する。なかなか壮観だ。
まえがきもあとがきもない本なので、詳細はよくわからない。出版元のサイトを見ると、毎日新聞書評欄「今週の本棚・この3冊」の過去掲載分をえりすぐったもののようだ。朝日新聞や読売新聞に類書はないような気がする。その意味では、同時代の作家がどんな本に影響を受け、何に興味を持っているかを知る手掛かりになる。
一瞥して痛感するのは、実はすでに亡くなった人が少なくないということだ。巻末に執筆者の一覧が出ている。それを見ると、「逝去」という文字が目に付く。北杜夫(2011年逝去、以下同)、吉村昭(2006年)、池内紀(2019年)、今江祥智(2015年)、野坂昭如(2015年)、久世光彦(2006年)、高井有一(2016年)、加藤典洋(2019年)、長部日出雄(2018年)、安西水丸(2014年)、丸谷才一(2012年)などなど。
その一人、吉村昭氏は「わたしを作った本」として、丹羽文雄を挙げている。ちょっと意外な気がしたが、吉村氏は、丹羽氏が費用を出していた同人誌に作品を発表していた。直接指導を受けたわけではないが、「私にとって恩師」だという。律儀だ。
丹羽氏の作品から、『鮎』『厭がらせの年齢』『もとの顔』の三冊を選んでいる。とりわけ、母の臨終を描いた『もとの顔』を高く評価、「この作品に文学者としての氏の神髄を見る」「冷徹な氏の眼が、みじろぎもせず母の息が絶えるのを見つめている」「この一作のみでも、私は作家としての氏に敬意をいだく」と記している。いかにも吉村氏らしい緻密な分析だ。
北杜夫氏はトーマス・マンを取り上げている。『ブッデンブローク家の人びと』『トニオ・クレーゲル』『魔の山』というあまりにも有名な王道作品。こういう原稿を頼まれた場合、作家として直球か変化球か迷うところだと思われるが、読者の期待通りに、淡々と真ん中に得意球を投げ込んだ感じだ。北氏がトーマス・マンに心酔していたことはよく知られている。本稿では三冊の概要をかいつまんで解説するにとどめている。
平野啓一郎氏は三島由紀夫を、桐野夏生氏は林芙美子を、内田樹氏は村上春樹を、関川夏央氏は山田風太郎を、天童荒太氏は坂口安吾を、水村美苗氏は夏目漱石を「わたしを作った本」として挙げている。
変わったところで「爆笑問題」の太田光氏を紹介しよう。太田氏を作った作家は太宰治。『右大臣実朝』『お伽草紙』『駈込み訴え』をピックアップしている。太田氏が太宰作品を初めて手にしたのは中学生のころだから、長い付き合いになる。
「この年になって太宰を読むと年齢的にも『あほくせーな』と思ったりする。青いし、言っていることも泣き言ばかりだ。生誕80年を迎えた向田邦子と比較すると、向田の『大人の部分』に驚く」。
太宰との対比で、今も根強い人気が続く向田を登場させながら、こう続ける。
「だから、自殺しないで経験を積んで、大人になった太宰の作品を読んでみたかった。未完の『グッド・バイ』、完成したらどうなっていただろうか」
この種の原稿は、自分が掲載されたときは、ワンマンショーだが、こうしてアンソロジーになると、さまざまな書き手と競作する格好になる。太田氏は作家ではないが、他の一流作家の原稿と比べて遜色がない。
池澤夏樹氏や江國香織氏、小川洋子氏、久世光彦氏、児玉清氏、吉村昭氏、保坂和志氏らは、自身も書き手として登場するが、他の作家からも取り上げられている。いろいろと読みどころがある本といえる。芥川賞や直木賞を目指している作家志望者にとっては大いに参考になりそうだ。
BOOKウォッチでは関連で吉村昭氏の『関東大震災』(文春文庫)、平野啓一郎氏の『ある男』(文藝春秋)のほか、『日本の同時代小説』(岩波新書)、『君がいないと小説は書けない』(新潮社)、『日本SF誕生』(勉誠出版)なども紹介している。
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