作家の豊田有恒さんは、近年『韓国の挑戦』、『統一朝鮮が日本に襲いかかる』など韓国物の著作で知られているが、もともとは日本SF作家クラブ会長もつとめたSF畑の人である。
1960年代初頭の日本では、「SF小説を出版すると倒産する」というジンクスが語られていた。日本にSFというジャンルを確立するまでの苦闘を小松左京、星新一、筒井康隆、眉村卓ら多くの作家との交友を交えて描いたのが、本書『日本SF誕生』(勉誠出版)である。
1959年、早川書房から「SFマガジン」が創刊された。第1回空想科学小説コンテストが61年に開かれ、豊田さんは佳作で入選。鬼編集長と恐れられた福島正実と出会う。このコンテストは小松左京、光瀬龍、平井和正、筒井康隆ら後に日本SFの第一世代と呼ばれる作家を輩出した。
これらの作家の多くが柴野拓美主宰の同人誌「宇宙塵」に参加、豊田さんも東京・大岡山の蕎麦屋の2階で月1回開かれる会合に顔を出すようになった。「社会から白眼視されているSFなどという趣味に溺れ、なんとなく後ろめたい思いをしてきたのだが、こんなにも同好の士がいることがわかり、おおいに心強い気持ちにさせられたものだ」と述懐している。SFがまだ日本で市民権を得る前のことだった。
大阪から参加した筒井康隆は、家族同人誌「NULL」を主宰して、SFファンの間ではビッグネームだった。豊田さんは大阪まで筒井を訪ね、居候しながら、小松左京ら在阪の書き手と交流を重ねた。小松とはメル友のような関係でハガキの文通が続いたという。
64年に豊田さんは7年在学した大学生活を終える。手塚治虫に認められ、「鉄腕アトム」のオリジナルシナリオを書くようになる。日本SF作家クラブにも入会する。
第一世代のSF作家は結束も固く、仲が良かった。本書の第8章は「交友録」になっている。豊田さんは新婚旅行の途中、兵庫県尼崎市の小松左京宅に寄ったとか、東京の豊田さんの家はSF作家のたまり場となり、「雀豊荘」と呼ばれるほど、麻雀の場が立った話が披露されている。
SFファンの間で「匿名座談会事件」と呼ばれている「事件」の顛末も書かれている。「SFマガジン」編集長の福島正実は、69年に自らも出席して日本作家をこき下ろす匿名座談会を掲載した。ほとんどの作家が酷評される一方、作家としての福島正実は、褒めちぎられる形になった。当然、多くの作家が激怒し、集まって対策を練ったという。そこでの星新一のジョークが面白い。
「飼い犬に手を噛まれるという話は、よくあることだが、飼い犬のほうが、飼い主に尻を噛みつかれたようなものだな」
ぼやきながらも、怒りがやや収まったという。豊田さんは個人攻撃も含めて攻勢に出た。その後、個人攻撃の部分は謝罪したが、抗議すべきことはすべて口に出して言ったそうだ。
70年の大阪万博では、多くの作家がさまざまなパビリオンの企画にかかわった。万博を機に世界のSF作家を集めるのも面白いだろう、と小松左京が言いだし、国際SFシンポジウムを開いた。アメリカから大物、アーサー・C・クラークも参加、ソ連からも作家団が来日、成功裡に終わった。
万博が終わると、公害問題の浮上とともに高度経済成長への反省が語られるようになり、「槍玉にあがったのが、SF作家と未来学者である」。そうしたマスコミの変節に憤り、バラ色ではない未来を描いてやろうと、小松左京が書いたのが『日本沈没』であり、豊田さんがSF設定を引き受けた『宇宙戦艦ヤマト』も、地球が破滅しかかるという未来からスタートしたという。
本書は厳密に日本のSF史を記述するというより、著者のかかわったSF作家たちの来歴やエピソードに重点を置いている。怪獣ブームの仕掛け人と言われた大伴昌司(1936-1973)の話が興味深かった。大伴は「少年マガジン」に怪獣図解を連載し、怪獣の体重、機能、習性などに架空ながらもリアリティーを与えた。ほかにもロボット、原子力、交通などの大図解シリーズで未来のイメージを子どもたちに提供した。大伴は事務局長として日本SF作家クラブを支えたことを本書で初めて知った。氏素性、学歴などを仲間にも語ったことがない謎の人物だったが、37歳で急逝した(実際には慶應義塾高校・大学で評論家の紀田順一郎氏と同窓)。死後、メキシコで財をなした大富豪四至本八郎の一人息子と判明したという。大図解シリーズは、「膨大な資料を惜しみなく買いあさり、採算を無視して完成させたものだった」とその功を讃えている。
大伴については、弟子筋にあたる竹内博さんが書いた『OHの肖像 大伴昌司とその時代』(飛鳥新社、1988年)に詳しいが、SF作家から見た大伴の姿が垣間見える。命日の1月27日は大伴忌として定着しているそうだ。
いまSF作家たちは第一世代のように交遊しているだろうか。そうではないだろう。日本のSFがマイナーな時代だったからこそ、作家たちは集い、議論し、遊んだのだろう。その時代の貴重な記録として読める。
本欄では、日本のSF関連として、『小松左京全集 完全版』(城西国際大学出版会)第49巻(「小松左京マガジン」編集長インタビュー)でも日本SF界の黎明期を紹介している。また最近の話題作として、『ヒト夜の永い夢』(ハヤカワ文庫)を取り上げている。
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