私たちは、これまでどんな洋服を着てきたのだろうか? 本書『アパレル興亡』(岩波書店)を読んで、そんな漠然としたことを考えた。子供の頃は母親が作った服を着たこともあったし、社会人になってからは百貨店で買ったDCブランド、ロードサイドの紳士服店で買ったスーツ、最近はユニクロ......。
タイトルと岩波書店という版元の名前から、最初はノンフィクションかと思った。しかし、本書は経済小説、企業小説で知られる作家の黒木亮さんが、戦後のファッション業界の栄枯盛衰を描いた小説である。
山梨県の農家に生まれた池田定六は、終戦後、東京・神田で「つぶし屋」と呼ばれた既製服屋を始めた。和服や古着をほどいた生地で作ることが多く、質もよくなかったので、既製服は「つぶし」という蔑称で呼ばれていた。「良いものは必ず売れるもんだ」との信念で、生地と縫製にこだわった池田の会社「オリエント・レディ」は、やがて百貨店との取引が出来るようになり、売上げも伸びていった。
そこに山梨県の高校を出て入ったのが、主人公の田谷毅一である。営業が終わった後、洋裁学校で裁断や縫製のことを一から勉強する熱心さもあり、次第に頭角を現す。オンワード樫山、三陽商会など実名でライバル会社が登場する。モデルはどこだろう? と気になるが、百貨店で少しでもいい売り場を確保しようというアパレルメーカーと百貨店とのやり取りが面白く、どんどん読み進んでしまう。
やがて社長になった田谷は、商取引を逸脱したり、公私を混同したり、専横の限りを尽くす。一方、新入社員の堀川は、生産中止になった商品の納入を約束し、百貨店に大損害を与える。クビを覚悟した堀川は、百貨店のお客様限定の特別販売会で実績を上げ、バイヤーから白紙の注文伝票を預けられるまで信頼を得る。
物語はこの後、バブルの全盛期、バブルの崩壊、青山商事、ユニクロなどカテゴリーキラーの参入と時代を移し、田谷と堀川を軸に進む。
村上ファンドによる株の買い占め、プロキシーファイトというところで、ネットで調べると、モデルは名門婦人服メーカー・東京スタイルの高野義雄氏(2009年没)であることが分かった。黒木さんもネットでのインタビューでモデルを明かしている。
その後、同社は同業と経営統合するが、後継者が育っていなかったため、消えてしまう。同社の経営がまずかったこともあるが、アパレル業界は百貨店の不振、カテゴリーキラーの台頭もあり、極度の不振にあえいでいる。
本書にこんな記述がある。
「かつては原価一万円の商品を定価四万五千円で売り、メーカーと百貨店が儲けを山分けしたが、もはやそれは不可能だ」 「高くてもいい服を着るために、四畳半のアパートに住み、銭湯に通って、カップラーメンをすすっていた若者たちも、携帯電話やゲーム、食事、趣味に金を使うようになり、服はファストファッションやアウトレットの商品、人によってはインターネット・オークションの古着で間に合わせるようになった」
百貨店も単独で生き残るのが難しくなり、経営統合が進んだ。
「委託販売の上にあぐらをかき、品揃えも販売員もアパレル・メーカーに依存し、場所貸しだけで濡れ手に粟の利益を上げてきた体質を変えるのは容易ではなく、抜本的な経営改善策は打ち出せていない」
本書によると、アパレル業界の直近の売上上位5社は次の通りだ。
1 ファーストリテイリング(ユニクロ) 1兆3829億円 2 しまむら 5119億円 3 ワールド 2985億円 4 オンワードホールディングス 2815億円 5 青山商事 2217億円
昭和の頃、上位だったレナウン、三陽商会などは見る影もない。
ユニクロは自社工場を持たず、海外の委託工場で生産、その間を日本の商社がつないでいる。こうなると、アパレル・メーカーや百貨店という業態そのものがどうなるのか? と思わざるを得ない。
しかし、ユニクロについても海外工場の労務の実態など低コストの裏側を暴く本の出版も続き、SDGsの観点から疑問を呈す声もある。
アパレル業界の栄枯盛衰を追う本書は、そんなことまで考えさせる。「世界」(岩波書店)の連載をまとめたものだけのことはある。
BOOKウォッチでは、『大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実』(光文社新書) 、『おしゃれ嫌い――私たちがユニクロを選ぶ本当の理由』(幻冬舎新書)、『誰がアパレルを殺すのか』(日経BP社)などを紹介済みだ。
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