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河童と「キリシタン宣教師」、似ていると思う?

河童の日本史

 河童と聞いて思い浮かべるものは何だろうか。グラフィックデザイナーの妹尾河童さん。漫画家の清水崑さんの代表作『かっぱ天国』。そこから派生した「かっぱえびせん」、黄桜酒造のCM・・・。きゅうり巻きは、きゅうりを河童が好むことからかっぱ巻きとも言われているらしい。屁のカッパというのは、水の中にいる河童が屁をしても勢いがなく、たいしたことがないことの例えだという。

 このように何となくユーモラスで、意外に身近な河童について、本書『河童の日本史』 (ちくま学芸文庫) は学者の目で丹念に考察している。

科学史から民俗学へ

 著者の中村禎里さん(1932~2014)は東京都立大学生物学科卒業。立正大学教養部教授を経て仏教学部教授。同大名誉教授。専攻は科学史、民俗生物学。生物学を中心として歴史・民俗に関連した著書も多い。本書は1996年に日本エディタースクールから刊行された単行本の文庫化だ。

 本書の特徴は多数の先行書を渉猟していること。明治以降の文献だけでも264点あげられ、古代・中世・近世文献は約200点が並んでいる。よくぞまあこんなに多くの河童関係の文献があるものだという思いと、それを探索した著者の熱心さに頭が下がる。

 「よほど河童がお好きなのでしょう」と、著者はしばしば言われたという。意外なことに河童が好きなのではないという。たまたま河童の住む流れにはまりこんでしまっただけのことである、と書いている。

 本業は生物学や科学史。『日本のルィセンコ論争』『生物学の歴史』『科学者その方法と世界』など関連の著書も多い。ただし、『動物たちの霊力』『魔女と科学者 その他』などの著書もあるので、「河童」はその延長線上にあるとも言える。科学史を研究しているうちに、普通の歴史や民俗学に関心を抱くようになり、河童に到達したという。

一種の「水霊・水妖」

 本書は文庫本としてはページ数が多い。値段も張る。それもこれも、上述のように多数の文献を参照していることによる。図版も豊富だ。内容は以下のようになっている。

 第1章 河童前史
 第2章 河童の行動
 第3章 遺伝・変異および先祖がえり
 第4章 近世知識人の河童イメージ
 第5章 九州土着の河童イメージ
 第6章 河童伝承における動物的・人的要素
 第7章 近世一九世紀における河童文献の書誌

 河童とは何か。本書の中からあえて、単純に要約した一行を探せば、「ワニ・ヘビなどの水の霊物が矮小化して誕生したのが河童であった」。

 これだけではちょっとわかりづらいかもしれない。著者は「河童前史」で、「ワニ(わに)」を取り上げている。日本神話に登場してくるワニだ。因幡の白兎を背中に乗せて運んだりした。ほかにもいろいろな話で登場する。その正体については、ワニ・サメ・ウミヘビなど諸説あるが、決定打はない。

 著者は、河童は現実には存在しない生物だから、その先駆型の考古学的な遺物はありえない、したがって古い文献の中から読み取るしかない、と文献をさかのぼる理由を語る。河童は一種の「水霊・水妖」だから、古い文献の中の「水霊・水妖」を探す。そして『日本書紀』『古事記』『風土記』に登用する「ワニ」に行き着く。

 河童との関連についての論証はややこしいので、本書を読んでいただくとして、結論として上記のように、過去の「水霊・水妖の矮小化」になるというわけだ。

「水子」との関連

 河童と聞いて柳田國男の『遠野物語』を想起する人も多いことだろう。河童関連の物語が出てくる。いちばん有名なのは「カッパ淵」だ。かつてカッパが多く住んでいたという。常堅寺という寺の裏手を流れる小川の淵をいう。カッパの神を祀った小さな祠が建っているそうだ。ほかに、カッパの子を身ごもった娘の話もある。この娘の母もまた、かつてカッパの子を産んだことがあるのだという。水浴びをする馬を川に引き込もうとしたカッパの話などもある。

 こうした近世の河童にまつわる話には、「水子」との関連がしばしば指摘されている。江戸時代は、飢饉などによる貧困から堕胎や間引きが農村を中心に行なわれた。水子という呼び名は、生まれて間もなく海に流された日本神話の神・水蛭子から転じたものとされるから、こちらも神話とつながる。

 本書によれば、河童がらみの民話や伝説には様々なバージョンがあり、ひとくくりにはできないようだ。河童の頭部は丸い皿のようになり、お河童頭。その理由については諸説あり、カワウソとの類似も指摘されるようだ。

 著者は、キリシタン宣教師との関連説も紹介している。来日した諸宗派の洗礼では頭に水を灌ぐ。頭部の水のおかげで力をつける河童の生態との共通性もある。禁教で弾圧されてからは、宣教師は世間から隠れなければならない存在でもあった。

 このように、神話にルーツを持つとされる河童は、様々な動物や人的要素を加えながら伝承が変形してきたというわけだ。

 河童は実在しない。しかし、ある時期・ある地域の「人の心の産物」として生きていた。長年の研究を振り返り、著者は「ああおもしろかった」というのが、偽らざる心境だと書き残している。若いころは学生運動に深く関わって、学者として回り道をしたという著者の人生と重ね合わせると、ちょっと日陰者の河童についての論考に一段と親しみがわく。

   
  • 書名 河童の日本史
  • 監修・編集・著者名中村禎里 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2019年11月 8日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数文庫判・461ページ
  • ISBN9784480099594
 

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