東洋の妖怪と西洋のモンスター。これらの学術的な比較研究は、つい最近まで行われていなかったのだそうだ。そうだったのか、と意外に感じられるのは、その分野の一般向け書籍が多く出版されていて、荒俣宏さんの著作などで既にお馴染みという事情がある。西洋臭いポケットモンスターやハロウィンのコスプレブームはすでに日常にすっかり定着している。一方、学術研究では、妖怪や妖精・モンスターなどそれぞれの分野内での個別の研究が盛んに試みられるにとどまっていた。両者を比較し、類似性を探ることをテーマにしたのが、本書『東の妖怪・西のモンスター』(勉誠出版)だ。
編集者の徳田さんは、1948年生まれ。国学院大卒の国文学者で中・近世日本の説話が専門だ。近世の史料を調査研究するために国が設置した国文学研究資料館の助手や学習院女子短大教授などを経て、今は学習院女子大の教授を務める。
これまでにお伽草子、絵巻、芸能などについて海外で講義。近年は特に妖怪にテーマを絞って米コロンビア大や英オックスフォード大、フランスや中国の大学で講演してきた。その中で実感したのが、日本文化への関心の高まりだった、と徳田さんはいう。
2015年には、そうした関心に応えるため、徳田さんらは妖怪比較文化研究の最先端となる国際研究集会を開催。「世界で初めての試みだった」発表やシンポジウムが催された。本書には集会に参加した内外研究者の論文11本が収められている。
何しろ比較研究が初の試みだとされるので、総論から紹介するのが筋だろう。徳田さんが書いている。
(以下引用)
・人間は闇を怖れ、見えない存在を意識してきた。そればかりか、(積極的に)表象してきた。妖怪とモンスターは、そうした心理と想像によってかたちづくられた
・日本では、妖怪は原始的な精霊信仰や物神崇拝から始まった。(奈良時代の歴史を扱う)『続日本紀』777年3月9日条に、妖怪という言葉が凶事の意味で登場。存在としては鎌倉時代の『徒然草』230段に、人に化けそこなったキツネが記されている。その後、河童や山姥などの民俗神を経て付喪神や百鬼夜行として世に跋扈するようになった
・西洋では、紀元前9-8世紀のギリシア神話にミノタウロスやペガサス、ケンタウロスなど想像動物が語られ、モンスターの標準になった。それに加え古代ケルト民族の自然崇拝に始まる妖精も加わった
(引用終わり)
文化人類学や民俗学、美術、思想史などの視点から、これらを考察して類似点をあぶりだして、東西の人びとの思惟の普遍性と独自性を探りだそう、と徳田さんは書いている。
このほか、伝承では個々の妖怪やモンスターは物語を作っている。ストーリーの展開に重要な役割を果たす「鏡」や「輝き」などについての考察も他の論文で紹介されている。
知らず知らずのうちに、自ら意図しないものに動かされていた経験を持つ人は多いのではないだろうか。
物理の分野で量子論や相対性理論が発表されて科学万能の時代となった20世紀、フロイトは、人間が意識されないものに決定的に支配されていることを示した。精神的な抑圧が作った意識されないものが一定の力を持っている、という理論だ。それにとどまらず、レヴィストロースやユング、後の認知心理学などは"構造"や集合的無意識、錯覚など、抑圧よりも深い心の層からの支配も指摘している。
徳田さんによると、欧米では、若者を中心にアニメやゲーム、漫画、コスプレ、ゆるキャラなどがブームとなり、それらの源流として妖怪に注目している。それらキャラクターを求めてやって来た外国人に遭うことは珍しくはない。東と西の精神が響き合う一つの交差点だ。妖怪やモンスターを、単なる娯楽の対象だなどと高をくくることナカレ、である。
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