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「一つ目小僧」のゾウっとするルーツとは?

古生物学者、妖怪を掘る

 開巻劈頭、強調しておきたい。妖怪などをテーマにしているのだから、何かのおふざけだろう――。そう思われるかもしれないが、本書『古生物学者、妖怪を掘る』(NHK出版)は、誠実に書かれた本である。

 著者の荻野慎諧さんは、化石研究が専門の古生物学者だ。鹿児島大を卒業、京大霊長類研究所、産業技術総合研究所に、研究員などとして身を置いた経歴を持つ。現在は兵庫県丹波市の地域おこし協力隊として、恐竜をいかしたまちづくりを実践中だ。

「鵺-レッサーパンダ説」

 真面目であると、断ったのには意味がある。荻野さんは以前から「鵺(ぬえ)-レッサーパンダ説」を展開。昨年、疑似科学やオカルトを特集する月刊誌に取り上げられて話題になり、その筋ではちょっと有名になったからだ。「学会追放という言葉がちらついた」そうだが、「そう掲載される雑誌でもないため、好奇心が勝った」という。ただ、雑誌の記者とは「何度も原稿をやり取りし、私の主張をはっきりと反映させてもらった」と、研究への誠実さは貫いたそうだ。

 本書は古生物の視点から、古文書で言及されている妖怪や怪異の存在可能性を論じたものだ。古文書に登場する記述や描写と、現存する化石や当時実在したであろう生物の特徴とを比較。共通要素を抽出する方法で推論が進められている。古文書当時の人たちにとっても、妖怪などが既に推測の生物だった事情も勘案しての推論である。妖怪や怪異は『鬼と日本人』(株式会社KADOKAWA)で一部触れられている。

 問題の「鵺-レッサーパンダ説」は本書にも収められている。幕末の絵師・月岡芳年の「新形三十六怪撰」などで知られる鵺は、「平家物語」「源平盛衰記」に登場する。特に「源平盛衰記」では「頭がネコやサル、背がトラ、四肢がタヌキ、尻尾がキツネ(平家物語ではヘビ)トラツグミのような悲しげな声」になっている点に注目。「仮に空想の生き物とすると、(ネコやタヌキではなく)もう少し恐ろしい描写の方が都合よくはないか」とした上で「真実味のある記述に感じられた」と言う。

 そこで著者は実在する生物を探索。

・大きさはせいぜい人並み
・頭部 ネコやサルといった特徴は、イヌ科のような口吻部(口とその周辺)の長い生物とは異なる
・夜行性
・木登りもうまい

 以上から、絶滅した大型のレッサーパンダだと結論付けている。千葉市動物公園の「風太」で有名だ。学名はギリシャ語のネコを意味するアイルルス(本家のネコはフェリス)でレッサーパンダ科。現在の生息地は中国奥地などだが、新潟の栃尾では約300万年前の地層から歯の化石が見つかっている。「大きさも一致し死体も現生種と比較した場合、十分ありえそうだ。山から都に迷い込んで仲間を呼ぶ肉食動物が不安そうに鳴いている」と推測できるそうだ。ちなみにジャイアントパンダはクマ科だ。荻野さんは「仲間を呼んで鳴いているのに退治されてしまったのは不憫でならない」と言う。

科学離れは科学的無関心から

 このほか

・「一つ目小僧」はゾウ(『画図百鬼行』に登場。ゾウは日本でも出土している。頭骨には中央に大きな鼻腔がある一方、眼窩は目立たない。古人はゾウの骨を見て、鼻腔を目と考えた)
・「雷獣」はソレノドンが近いが......(『信濃奇勝録』に登場。滑空し、冬に土中に入る。千年モグラの別名から、大型モグラ類のソレノドン)

 さらに猿手狸(信濃奇勝録)、一本足(47都道府県妖怪伝承百科)、天狗の爪(雲根志)、ヤマタノオロチ(日本書紀)の発想の源泉なども考察している。

 荻野さんは、昨今の科学離れを憂慮する一人だ。その「宿敵は科学的無関心だと思う」とする。対抗策として「科学のかの字も意識させず、言い方は悪いが、いったん(読者を)騙し、いったん引き込んだのちに、実は科学でした、とバラすことで土俵に立たせるのがよい」。本書もその手法を用いたと言う。評者も半ば支持したい。

 類書に『怪異古生物考 』(技術評論社)、『荒俣宏妖怪探偵団 ニッポン見聞録』(学研プラス 共著)がある。

BOOKウォッチ編集部 森永流)
  • 書名 古生物学者、妖怪を掘る
  • サブタイトル鵺の正体、鬼の真実
  • 監修・編集・著者名荻野 慎諧 著
  • 出版社名NHK出版
  • 出版年月日2018年7月 6日
  • 定価本体780円+税
  • 判型・ページ数新書・208ページ
  • ISBN9784140885567

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