いつの間に、こんなにも情けない存在になったのだろうか。鬼のことである。節分には、豆を投げ付けられて泣きながら逃げ惑う。「世界史の鬼」「仕事の鬼」などと、一目置かれながら、実は「バカの一つ覚え」のように語られる。最後の居場所だった屋根瓦からも、住宅の洋風化であっさり追いやられた。しかしかつては、いや今も、鬼は社会、国家にとって不可欠なものらしい。本書『鬼と日本人』(角川文庫)の著者・小松和彦さんはそう指摘する。
小松さんは、口承文芸論や民間信仰などを研究する民俗学者で、国際日本文化研究センター(京都)の所長でもある。同センターは梅原猛さんや故・河合隼雄さん、山折哲雄さんらが所長を務めたことで知られる。鬼とは何か、その歴史は......。
鬼の代表格といえば、南北朝時代の酒呑童子(しゅてんどうじ)が思い浮かぶ。だが、もっと古くからいたことが分かっている。『日本書紀』に朝倉山の鬼や異邦人・粛慎(みしはせ)、『風土記』に目一鬼(まひとつおに)などが鬼として記されている。その後、大蛇や土蜘蛛、付喪神(つくもがみ)などといった化け物・妖怪を経て、酒呑童子にいたる、という。この鬼は『大江山絵詞』に登場する悪役だ。「鬼を退治する源頼光(みなもとのよりみつ)、渡辺綱(わたなべのつな)が、源氏系の当時の足利将軍家と重なる」設定などが受けて「酒呑童子は鬼の代名詞になった」のだそうだ。
では、どんな悪さを、鬼はしたのか。例えば、酒呑童子は財宝を奪い、貴族の姫をさらってこき使ったり食べたりした。無類の酒好きでもあった。手下の茨木童子は美女に化けて人をだました。化け物・妖怪では、蘇民将来伝説に登場する武搭神=のちのスサノオ、牛頭天王(ごずてんのう)=は疫病をはやらせた。橋姫伝説の山田左衛門国時の妻は、深すぎる嫉妬をして鬼女になった......。それらは「山奥や海底、地下界や天上界に徒党を組んで住み......いずれも怪力、無慈悲、残虐という属性を持ちながら、古代から現代まで、長い歴史をくぐり抜ける中で多様化してきた」そうだ。
ただ、注目すべきは個々の悪行ではない。鬼が武士に退治されたり、坊主に調伏されたりするのがパターンで、物語の視点が常に権力機構の内側からであることが重要だという。さらにこれらの鬼は「人間の否定形、つまり、反社会的・反道徳的人間として造形されている」。言ってみれば、鬼は、人間が外部に投影した人間の分身なのだ。
人間はなぜ、分身が必要なのか。小松さんによると、「人間は恐怖する動物である」からだ。「見知らぬ者、異形の者、異文化に属する者......おのれの権力にまつろわぬ者、葬り去った者の怨念を恐怖する」として、こう続ける。「一方で、その恐怖から逃れるために(より大きく強い)社会をつくり、国家までつくりあげた。集団や国家はそれが存続しようとする限り、外部に具体的な鬼を、あるいは目に見えない想像上の鬼を必要としているわけである」
鬼の風貌についても詳しい。角があって筋骨隆々、トラ皮を身にまとう。こうした風貌は、かなり新しいイメージで、江戸時代から固定化した、という。それ以前の風貌は、「泣不動縁起絵巻」や「融通念仏縁起絵巻」などに百鬼夜行図などとして描かれている。ここでは、それらを顔写真ふうに紹介。角のないものや、牛、馬の頭の形をしたものなど、見ただけでは到底鬼だとは判定できない異形の鬼、なるほど化け物・妖怪だ。
こうした鬼の姿は過去のものだと思わないでほしい。現代の政・財界などにも生きながらえているに違いないし、探せば、私たち自身に似た顔も見つかるかもしれない。
類書に『酒呑童子の首』(せりか書房)、『安倍晴明「闇」の伝承』(桜桃書房)、『「伝説」はなぜ生まれたか』(角川学芸出版)など多数ある。
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