読売新聞には二人の名物文芸記者がいる。一人は尾崎真理子さん。詩人の谷川俊太郎さんに取材した『詩人なんて呼ばれて』(新潮社)のほか、児童文学者、石井桃子の生涯を追った『ひみつの王国 評伝 石井桃子』(同、芸術選奨文部科学大臣賞)などで知られる。もう一人が鵜飼哲夫さんだ。これまでの著書が『芥川賞の謎を解く 全選評完全読破』(文春新書)一冊だったのは意外だが、文壇にへばりついたような取材力と独特の鑑識眼で他社に恐れられている。
その鵜飼さんが今年(2018年)没後70年の太宰治について書いたのが本書『三つの空白 太宰治の誕生』(白水社)である。太宰に小説を書かない空白の期間が三つあったことに注目し、その前後でどのように作品が変わったかをていねいに分析している。
最初の空白は、青森県の大地主の子どもに生まれた太宰が旧制弘前高校に進学してからの1年、二度目は東京帝国大学仏文科進学後、「学生群」という一見プロレタリア文学風の作品を連載後の数年間、最後は結婚した芸妓・初代が哀しい過ちを犯していたことがわかり、同棲生活にピリオドを打ってからの1年半だという。鵜飼さんはいずれも死や別離との関係を指摘する。
太宰にかんしては多くの研究書や著書が出ている。旧制弘前高校時代の文学的ライバルでもあった石上玄一郎の著書のほか、猪瀬直樹の評伝小説『ピカレスク 太宰治伝』など枚挙にいとまがない。
太宰が師の井伏鱒二の紹介で山梨県の女学校の教師をしていた石原美知子と結婚する前後から、作風が変わり向日的になったのはよく知られているが、本書は、この第三の空白期以降の太宰の人生と作品をよく対照させて描いている。美知子との間に設けた二女里子は長じて作家津島佑子(2016年没)となった。鵜飼さんが津島さんに生前取材した話が、補助線となり本書に厚みを与えている。
あとがきで鵜飼さんは『人間失格』を読み、ここには自分が書かれていると思いはまったと、典型的な太宰ファンであったことを告白している。その後一時その作品から離れたが、文化部記者となり、没後50年、生誕100年などの機会に取材を重ねてきたという。
2015年、羽田圭介さんとともに『花火』で第153回芥川賞を受賞した又吉直樹さんが上京後、最初に住んだアパートは偶然にも太宰の三鷹の住居跡に建ったアパートだったというエピソードも紹介している。又吉さんもまた太宰ファンだった奇縁と言える。ところが太宰は第1回芥川賞を逸して以降生活が乱れ、薬中毒となり、第二の空白期に突入し、芥川賞を受賞できなかった。本書の中でも、そのあたりが縷々述べられているが、やはり芥川賞の「全選評完全読破」という酔狂なことをした著者ならではの薀蓄だろう。
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