夏になるとNHKは戦争を検証する番組を意欲的に放送する。今年(2018年)はノモンハン事件をテーマにしたNHKスペシャル「ノモンハン 責任なき戦い」(8月15日放送)に心を揺さぶられた。関東軍の一参謀の無謀な案にひきずられて戦線を拡大し、無意味に戦死者を増やした日本陸軍。責任の追及はあいまいで、同じ愚を太平洋戦争で繰り返した。
その戦争で東京をはじめ多くの日本の都市が焼土と化した。その焼跡には闇市がつくられ、復興の礎となったというイメージを近刊の『〈焼跡〉の戦後空間論』(逆井聡人、青弓社)は、覆した。そこからは在日外国人が枠の外に追いやられていたというのだ。
ノモンハンと闇市。この1週間で頭にこびりついた二つのワードを考えているうちに、ある小説が思い浮かんだ。2014年に出た奥泉光の小説『東京自叙伝』(集英社)である。
明治維新から第二次大戦、バブル崩壊から地下鉄サリン事件、福島第一原発事故に至る21世紀まで、東京の「地霊」がとりついたさまざまな人々の「一代記」の形を借りた日本近現代史でもあるのだが、そのうちの二人がノモンハンと闇市に深くかかわっていたのだ。
作中、榊春彦として登場する人物は陸軍のエリート軍人。関東軍でノモンハンの「戦犯」と言われた辻正信少佐の部下の参謀で、強気の作戦計画を立てる。ソ連の兵力をあなどり、多数の戦死者を出しても平然としている。形式的に日本に召喚されたが、やがて参謀本部に。「なんのことはない、かつての関東軍参謀スタッフが再結集して、三宅坂の中枢に据わって大東亜戦争の指導を行うことになったわけです。これはモウ最強の布陣だゾと、我々参謀の意気は大いにあがった」そうだから、兵としてはたまったもんじゃない。
終戦前に榊春彦から離れた「地霊」が次にとりついたのは、曽根大悟なる新宿の不良少年だった。空襲で一家は全滅。戦争孤児となった曽根大悟は、愚連隊となり、闇市を闊歩する。やがて暴力団を興して暗躍。ある一件で榊春彦と対面する。「榊春彦はかつて私だった人間にすぎない。いまは全然私ではない」という文章も妙だが、なにしろ主人公は「地霊」だから仕方がない。この調子でさまざまな事件や事故に「私」は介在する。
もうすぐ9月1日、関東大震災の頃はどうしていたかと本書を読み返すと、榊春彦の子ども時代の記述となっている。浅草十二階、正式名凌雲閣の展望室にいたとき、足下がぞわぞわし、見るとたくさんの鼠が床一面にあふれていた。怖くなり階段を駆け下り、一命を取り留めた。十二階は八階から上が崩れ落ちた。
「地霊」の正体は鼠なのだ。たとえ東京がどんな天変地異で廃墟になろうとも、「鼠が走り、放射性物質まみれの土中でミミズや蛆虫は蠢く。やがて瓦礫の隙間からはススキが顔を出すだろう。その上を蠅やら蜉蝣やら飛蝗やら、無数の虫たちが飛び回るだろう」と著者は空想する。たとえ東京の名前が消えても、その土地は残る。そんな骨太の歴史観がこの作品を貫いている。2017年に安価な文庫版が出ている。
奥泉光の最新作は2・26事件を舞台にした『雪の階』(中央公論新社、2018年)。こちらは陸軍エリートが登場するミステリーだ。軍隊には戦前の日本の矛盾が凝縮している。戦前を描こうとすれば軍隊に触れざるを得ないのかもしれない。
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