子どもの虐待死が続いている。発生直後の衝撃はもちろん、捜査や裁判の過程でそれぞれの事件の詳しい情報が報じられるたびに、憤りを覚える人が少なくないのではないか。多くの人の関心事となっているだけに、本書『虐待死』(岩波新書)はきわめてタイムリーな一冊といえる。「なぜ起きるのか、どう防ぐか」という副題が付いている。一般読者向けの読みやすい文章でつづられており、子を持つ親や教職をめざす学生らにおすすめだ。
著者の川崎二三彦さんは1951年生まれ。京都大学文学部の哲学科を卒業し、32年間、児童相談所に勤務。心理判定員(児童心理司)を経て児童福祉司となる。2007年から子どもの虹情報研修センター(日本虐待・思春期問題情報研修センター)研究部長となり、15年からセンター長。現場で長年苦労した経験をもとに、現在は管理職的な仕事をしている人のようだ。著書に『児童虐待―現場からの提言』(岩波新書)などのほか、関連の共著、編著も多い。政府の「児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会」の委員や委員長を務め、千葉県野田市で19年1月に起きた有名な事件では、県の検証委員会の委員長をしている。
著者の経歴や現在の立場からも分かるように、本書は児童虐待の個別のケースについて突っ込んで報告するものではない。もちろん、ある程度は紹介されているが、むしろ児童虐待についての多様なケースと歴史を振り返りつつ、何が問題で、どのような方策をとれば減らせるのか総合的に考えようとするものだ。「虐待死の全体像」を示したいというのが著者の狙いだ。
「序章 社会を揺るがす子どもの虐待死」「第1章 虐待死の検証」「第2章 身体的虐待の行き着く先――暴行死」「第3章 養育放棄、放置の末に――ネグレクト死」「第4章 生まれた瞬間の悲劇――嬰児殺」「第5章 無防備の子どもが犠牲に――親子心中」「第6章 虐待死を防ぐために」という構成。執筆に取り掛かったのは数年前だが、様々な事件が発生し、法改正などもあって、手間取ったという。確かにそうだろうと、多くの読者はうなずくに違いない。
歴史をさかのぼると、「岩の坂貰い子殺し事件」(多数の貰い子が変死)や、「寿産院事件」(貰い子100人以上が変死)など、戦前から戦後にかけて「貰い子」にまつわるいくつかのおどろおどろしい事件が何件かあった。「昭和の怪事件」などの特集本にはたいてい紹介されている。近年、やや形を変えて改めて「虐待」が注目されるようになったのは1989年に大阪市中央児童相談所が「紀要――特集 児童虐待の処遇について」を刊行したのがきっかけのようだ。死亡した3例が取り上げられていた。全国の児童相談所から反響があり、紀要が増刷されたという。
翌90年に、大阪では「児童虐待防止協会」が立ち上げられ、東京では91年に「子どもの虐待防止センター」が設立された。厚生省も90年から児童相談所における児童虐待の統計を取り始めるなど、「児童虐待」について公的機関が動き出す。
「虐待死」については、98年にCAPNA(子どもの虐待防止ネットワーク・あいち)が『見えなかった死--子ども虐待データブック』を刊行したことが大きかった。公式統計が見当たらない中で、個別に拾い上げられた「虐待死」の事例は想像以上に多かった。時を同じくして毎日新聞も同年10月から児童虐待取材班による「殺さないで――児童虐待という犯罪」キャンペーンを始めた。過去の新聞のベタ記事をもう一度取材し直す作業だった。このキャンペーンは2年以上も随時掲載されながら続いた。
児童相談所における虐待対応件数は90年度が1101件だったが、98年度には5352件と約5倍に増えていた。厚生省も99年10月、「児童相談所が、関与しているか、または、関与していた」死亡事例をまとめ、98年には8件あったことが明らかになった。そして2000年には児童虐待防止法が制定された。
こうして「児童虐待死」について官民、メディアの取り組みが本格化するわけだが、著者は2006年、京都府長岡京市の三歳男児の虐待死亡事件に遭遇している。満足に食事を与えられなかったことによる餓死だった。この事件に児童相談所が関与していたことが分かると、瞬く間に1000件以上の抗議の電話やファックス、メールなどが殺到した。同じ京都府内の別の児童相談所に勤務していた著者も、対応の応援に駆り出された。職員らに「おまえも一週間食事抜きで暮らしてみろ」「所長を出せ、所長に直接言わんと気がすまん」などの罵声が浴びせられた。
児童相談所の職員は割の合わない仕事だと、何かで読んだ記憶がある。「100件うまくやっても、1件でも失敗すれば追及される」「地方公務員に採用されても希望者がいない職場」などなど。問題を抱える親はたいがい厄介な人物で、「モンスター」になりやすい。話しても納得しない非常識な親とやり合い、罵倒されたり、切れたりされながら児童の安全を確保するのは至難だ。
本書でも「過酷な現実を前にして新しい職員が定着しない」と書かれている。ベテランがリタイアした穴を埋められないから、長年構築した支援体制にひびが入り崩れていく。それは地球温暖化で南極の氷塊の一部が剥がれて海中に落下する姿に似ているという。2000年を100とすると、全国の児童虐待対応件数は約7.5倍、ところが児童福祉司の数は約2.5倍にとどまっている。要員面でもさぞかし過重労働の職場になっていることだろう。
この問題の専門家である著者自身、当初は「思いもしなかった児童相談所勤務を命じられてしばらくは転勤の希望を出していた」という。しかし、仕事の面白さ、奥深さ、そして重要性が分かってくると、逆に「児童相談所から異動させないでほしい」と訴えるようになり、30年以上を児童相談所で過ごすことになったと振り返っている。一番弱い立場の子どもたちの、最後の砦になるのは自分だという責任感が続けさせたのだろう。そういう意味では、いま現場で苦労している若い人にとっては、本書は同じような思いを経験した先輩の貴重な体験記として励みにもなり、学ぶことが多いに違いない。
BOOKウォッチでは関連で、『漂流児童』(潮出版社)、『性的虐待を受けた子どもの施設ケア――児童福祉施設における生活・心理・医療支援』(明石書店)、『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り――困難の理解とリカバリーへの支援』(明石書店)、『加害者家族の子どもたちの現状と支援――犯罪に巻き込まれた子どもたちへのアプローチ』(現代人文社)なども紹介している。
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