半世紀ほど前に日本で「全共闘運動」が高揚した。後の世代が当時の運動を総括した本としては、社会学者で慶應義塾大学教授の小熊英二氏による『1968』(新曜社刊、角川財団学芸賞受賞)が有名だ。
本書『東大闘争の語り』も同じく新曜社刊。実際には全共闘運動を知らない世代による研究書という意味では共通したところがある。本書は主に、その象徴的存在だった「東大」に特化したところが新しい。加えて「語り」というタイトルが示すように、多様な立場の44人へのインタビューが掲載されているということで興味を持った。
しかしながら、実際の内容は、ちょっと違った。当時の活動家Aさん、Bさん、Cさんらの回顧話が実名で次から次々と登場するのかと思ったら、そうではなかった。本書は500ページ近い大作であり、小さな活字がびっしり。巻末には人名や事象索引、詳細な年表、内外の引用文献が40数ページも並ぶ。完璧な学術書、研究書なのである。
第Ⅰ部「本書の課題と方法論」では「第1章 日本の"1968"とはなんだったのか」「第2章 社会運動論の文化的アプローチと生活史分析」と前置き的な説明が続く。第Ⅱ部「東大闘争の形成と展開の過程」では「第3章 一九六〇年代学生運動のアクターたち――人間的な基礎をたどる」「第4章 一九五〇-六〇年代の学生運動文化とその変容」とフィードバックされ、「第5章」になってようやく「東大闘争の発生過程――参入するアクターと主体化するアクター」と、「東大」が登場する。
そのあと「第6章 東大闘争の展開過程――アクターの分極化」「第7章 東大闘争の収束過程――アクターの連続と断絶」と東大闘争のおさらい。
第Ⅲ部は「一九六〇年代学生運動の位相」となり、「第8章」では「グローバル・シックスティーズのなかの日本」を分析。「第9章 社会運動の予示と戦略――戦後社会運動史のなかの一九六〇年代の学生運動」「終章 多元的アクターの相克と主体化」で締めくくられる。
本書で運動の参加者は「アクター」と称されている。「活動家」ではない。ちょっと脱力する。上述の目次からは、『フォトドキュメント東大全共闘1968‐1969』(角川ソフィア文庫)で記録されたようなバリケードの中で寝起きするエリート学生たちの生々しい息づかいは聞こえてこない。繰り返しになるが、本書はノンフィクションやドキュメンタリーではないのだ。
著者の小杉亮子さんは1982年生まれ。2005年京都大学文学部卒業。16年東北大学大学院文学研究科博士課程後期修了。博士(文学)。ハーバード・イェンチン研究所客員研究員、日本学術振興会特別研究員(DC2)、京都大学アジア研究教育ユニット研究員、同アジア親密圏/公共圏教育研究センター教務補佐員、国立歴史民俗博物館「『1968年』社会運動の資料と展示に関する総合的研究」共同研究員等をへて、現在、日本学術振興会特別研究員(PD)だという。要するに研究生活を地道につづけている人だ。
なぜ、当時の学生運動に興味をもったのか。そこは分かりやすい。父親が当時の東大生だった。ただし全共闘系ではなく、民青系だったようだという。かなり前に亡くなったが、時折、全共闘を批判することがあった。その内容についてはまだ子どもだったので理解できなかった。記憶に残るのは、東大全共闘を批判するときの、父親の語気の強さだった。随分前のことなのに、今のことのように批判するのはなぜだろうと疑問に思ったことが、めぐりめぐって「東大全共闘」の研究につながった。
東大闘争については、闘争中や直後から多数の本が出ている。本書もそれらを参照しているが、新味としてはやはり、多数の関係者へのインタビューだろう。39ページにその一覧が出ている。知られた名前の人もおれば匿名の人物もいる。ほぼ全学部にまたがっているが、紹介者の関係もあって文学部が多い。党派別では各セクト1~2人ずつ。共産党系の人物も4人含まれている。一人について1~8時間聞いたという。なぜ社会的な関心を持つようになったか、個々人の生活歴にも踏み込んでいる。
闘争中などの話は大なり小なり、これまでも語られていることだろう。本書では「参加者たちのその後」というところが、ユニークだ。社会学科出身の女性は、仲間と結成した社会学科共闘会議は「いまだ解散していない」と考えていると話す。医療社団法人の理事長になった医学部出身の精神科医師は、患者のための施設づくりをしようとしたら、地元住民の反対運動があり、大学時代の大衆団交とは真逆の立場になったそうだ。
本書は博士論文を大幅に加筆したもの。すでに二刷になっている。博士論文をもとにした著作では最近、一橋大学特任講師をしている中村江里さんの『戦争とトラウマ――不可視化された日本兵の戦争神経症』(吉川弘文館)が各媒体で取り上げられ話題だ。中村さんも82年生まれ。
東大闘争関係では、BOOKウォッチではすでに『東大駒場全共闘 エリートたちの回転木馬』(白順社)を紹介ずみだ。著者の大野正道・筑波大名誉教授がカムアウトする形で「エリートたちの動静」を生々しく伝えている。また、全共闘運動の導火線になった羽田闘争と京大生については『かつて10・8羽田闘争があった』(合同フォレスト)、日大闘争については『日大全共闘1968叛乱のクロニクル』(白順社)を紹介している。
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