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中小企業、後継者不足の本当の理由  年越しに読みたい「お仕事小説」

Mori

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この会社、後継者不在につき

 お仕事小説が好きだ。三浦しをんさんの『舟を編む』や、有川浩さんの『空飛ぶ広報室』、早見和真さんの『店長がバカすぎて』など、挙げればきりがない。組織の不条理に抗い、人間関係に悩み、自分の無力さに歯噛みする。主人公たちが葛藤しながらも成長していく姿に共感し、なんだかんだ言っても「働くっていいな」と、明日への勇気をもらえるのだ。

 『県庁の星』をはじめ、数々のお仕事小説を書いてきた桂望実さんの新著、『この会社、後継者不在につき』(KADOKAWA)もその一つだ。ただ、ちょっと毛色が違う。テーマは、「会社の終活」。中小企業の経営者が直面する後継者不足問題を軸に、3つの物語が展開していく。

『この会社、後継者不在につき』桂望実 著(KADOKAWA)

 短編集のような趣で、各章は独立した物語だが、すべてに型破りな中小企業診断士・北川徹が登場する。北川は55歳。もとは役者をしていたが、「それでは食えないので」バイトを転々とし、行く先々で課題を見つけては改善策を提案してきた。そのうちにあちこちから経営相談を受けるようになり、中小企業診断士の資格を取ったという異色の経歴の持ち主だ。

 そんな北川にアドバイスを求めたのは、各章の主人公で、会社の行く末を案じるこの3人。

一章 二人の息子のどちらかに会社を継がせたい、洋菓子店の二代目社長
二章 社内に目ぼしい人材がいないとボヤく、ワンマンバッグメーカー社長
三章 社長の急逝により外国人オーナーのもとで働くこととなった、刃物メーカー社員

従業員の未熟さよりも

 二章の主人公、高林菜穂は、夫と息子を交通事故で亡くし、現在は猫と暮らしている。もとは郊外の商店街で両親がやっていた小さなバッグ店を継ぎ、細々と商売をしていたが、結婚後、銀座で海苔店を営んでいた義両親が店を閉めることになり、店舗を譲り受けた。その場所で夫と息子亡き後も、自ら立ち上げたバッグブランド「アスリ」を大切に育ててきた。いまでは4店舗を構えるまでに成長し、ネットショップにも販路を広げている。

 商才に恵まれた菜穂も62歳。信用金庫から「事業を承継するには10年はかかるから、早めに準備を」と言われ、後継者選びに乗り出した。そこで知り合いから紹介されたのが、北川だった。

 40人弱の社員のうち、次期社長候補は3人。しかし菜穂に言わせれば、「なにもしない部下と、流されてしまう部下と、勝手にやってしまう部下」で、この中の誰にも会社を任せられない。嘆く彼女に、北川はこう問いかけた。

「そもそも誰かに承継したいと思っていますか?」

 これまでさまざまなケースを見てきた北川は、後継者不足の本当の理由は「社長さんが引退したくないこと」にあると指摘する。周囲から催促されてやむなく後継者を探す"ポーズ"は取るものの、「あいつはこれが出来ないからダメ、あいつはあれが出来ないからダメ」と従業員の未熟さのせいにする。相応しい人がいないのではなく、そもそも社長自身に本気で誰かに承継したいという気持ちがないのだ、と。

 図星を指されてなお、「厳しい市場で勝ち残っていくのは容易いことではない、優秀な人物でないと会社を託せない」と言い募る菜穂に、北川はある提案をする。そして、欠点ばかりが目についていた部下たちの意外な一面を知った菜穂は......。

商才より必要なもの

 菜穂のように一代で会社を大きくした社長にしてみれば、わが子のような会社を誰にも渡したくないと思う気持ちも理解できる。けれど、どんなに才能のある人にも「潮時」というものは、必ずやってくる。その時に最も必要なのは、商才よりも、謙虚さと人を信じる力なのだと、本書は教えてくれる。

 これまでに読んだお仕事小説は、社員の目線で描かれた作品が多かったので、社長目線の物語は新鮮だった。今年の仕事納めまで、あとわずか。雇う人も雇われる人も、「よくがんばった」と自らを労いつつ、お仕事小説を読みあさるという年越しも悪くない。年明けから気持ちを新たに、働く気力が湧いてくるはずだ。

■桂望実さんプロフィール
かつら・のぞみ/1965年東京都生まれ。大妻女子大学卒業。会社員、フリーライターを経て、2003年『死日記』で「作家への道!」優秀賞を受賞しデビュー。05年刊行の『県庁の星』が翌年映画化されて大ヒット。ほかの著作に、映像化もされた『嫌な女』『恋愛検定』や、『総選挙ホテル』『終活の準備はお済みですか?』『残された人が編む物語』『息をつめて』などがある。


※画像提供:KADOKAWA


  • 書名 この会社、後継者不在につき
  • 監修・編集・著者名桂 望実 著
  • 出版社名KADOKAWA
  • 出版年月日2023年11月30日
  • 定価1,925円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・264ページ
  • ISBN9784041140710

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