美術、書物、建築......今私たちが当たり前に目にしているデザインの原点には、「宗教」がある。その歴史を紐解くのが本書、『宗教とデザイン』(左右社)だ。キリスト教・イスラム教・仏教を中心に、思想やたくらみからデザインが生まれ、人々を動かしていくさまが時代・場所を飛び回るようにまとめられている。
著者は自称「デザインの歴史探偵」こと、グラフィック・デザイナーの松田行正さん。2022年には『戦争とデザイン』(左右社)を刊行している。
さまざまな宗教や文化圏で使われてきたデザインとして、本書が取り上げているものの一つが「シンメトリー」だ。たとえば、紀元前3000年頃のエジプトやメソポタミアのレリーフには、王が真ん中にいて両脇に獣を従えている図柄があしらわれているものがある。中心に立つことで権威性が高まって見えるのだ。
古代中国の甲骨文字も、「願いが成就するかしないか」といった肯定文・否定文が亀甲の中心軸に対してシンメトリーになるように刻まれた。さらに、イスラム教のアラベスク模様はまさにシンメトリーの集合体だ。
このように世界各地でシンメトリーが重要視されてきたにもかかわらず、日本人はアシンメトリーに美を見出してきた。ここには日本ならではの政治的理由があるという。
日本には万世一系の天皇がいるものの、ほとんどの時代で摂関家や上皇、幕府などが実権を握ってきた。天皇制は「中心はあるが、その中心にいるものは真の中心ではない」という構図だ。本書では、ここから生まれた日本の美的センスを「空(うつ)なる中心」と表現している。
また、国の力関係が影響したのではないかとも指摘している。古代、東アジアの「中心」といえば中国で、日本は周縁国だった。中国の権力に屈しないために「周縁こそ中心」という発想が生まれたとも考えられる。
こうして屏風絵などの日本の美術で、物語や風景の中心をあちらこちらに点在させて描いたり、大胆に余白をとったりする、日本独自の「中心をはずす」レイアウトが生まれた。
建築にも日本独自の特徴がある。本書では特に、キリスト教世界の建築と比較している。
西洋で11~13世紀頃に建てられたロマネスク様式の教会は、天を目指す塔の形をしているものが多かった。続くゴシック様式は、教会が修道士だけの場所から民衆も来る場所になっていったこともあり、さらにビジュアル的に「天」を表現した。屋根の圧力を真下に逃がす「交差ヴォールト」という建築技術のおかげで、より高い塔を建てられるようになり、多くの尖塔が建って外観が華やかになった。
奥行きも重要だ。一番奥に祭壇を置き、入口から祭壇までの距離をできるだけ長くとって、そう簡単にはたどり着けない天国を表現した。土地の都合で奥行きを長くとれない場合は、祭壇の奥にだまし絵を描いて奥行きがあるように見せている教会もある。
一方で、日本の建築は物理的な奥行きがあまり重視されていない。聖なる存在は、仕切りを設けて結界の向こう側に置くことでアンタッチャブルなものとし、そこは物理的な奥である必要はなかった。
また、キリスト教などの一神教では神のいるところといえば天だが、日本人は海の向こうや山の向こうに八百万の神を見出してきた。この発想で、日本では水平方向に伸びる横長建築がスタンダードになった。
横を重視するのは外観だけではない。日本建築で最上位にあるのは床の間だが、すぐ前の畳は必ず床の間と並行になるように、横長の形で置かれる。襖や戸も横に開く。建築にとどまらず、横に置く箸や横笛など、日本文化はとにかく横が多い。
西洋人の目に、日本の横長建築はどう映ったのか。1579年に来日したイエズス会の宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノは、各地の慣習にしたがう方針で布教活動をしていた。しかし、日本の横長の寺社仏閣を見て驚愕。「ほかの横重視の文化はまだ許せるが、聖なる場所の横長建築だけは許せない」と言ったそうだ。キリスト教徒にとって、日本の建物は「悪魔の建築」だったのだ。
本書は、各宗教の世界観を比較する「世界のデザイン」、宗教を広めるために駆使されたビジュアル表現に焦点を当てる「布教のデザイン」、祈りに用いられた文字やシンボルなどを紹介する「祈りのデザイン」という3章立てだ。
特に「布教のデザイン」はキリスト教の布教活動を中心に、文化・技術の面から見る世界史のおさらいのような内容になっている。古い時代の話はもちろん、ウクライナ侵攻にお墨付きを与えているロシア正教の特徴や、イスラエルとパレスチナの対立の背景など、現代の国際情勢にかかわる話題も登場する。
ユダヤ教を信仰するユダヤ人が、歴史上なかなか定住の地をもてなかった中で、聖地にようやく建てた国がイスラエルだ。追い出されたパレスチナの人々の多くはイスラム教徒。エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地であり、奪い合いが絶えない。
7世紀にイスラム教が生まれるよりも前は、ユダヤ教とキリスト教が攻防を繰り広げていた。かつては新興宗教だったキリスト教をユダヤ人が弾圧し、キリスト教が広まってローマ帝国に公認されてからは立場が逆転して、キリスト教徒がユダヤ人を弾圧するようになった。
キリスト教の聖書にはユダヤ教と同じ旧約聖書も含まれているため、ユダヤ教との違いをより明確にする必要があった。そこで目をつけたのが聖書の形だ。ユダヤ教の聖書は巻物がスタンダードだったため、キリスト教は当時最新の形態だった冊子を採用した。こうしてキリスト教の布教活動とともに、冊子状の本が世界に広がることになったという。
ちなみに、本書の表紙はまばゆい蛍光カラーの黄色だ。聖なる色なのかと思いきや、ユダヤ人差別に使われてきた色なのだそう。著者の松田さんがどんな意図で黄色を使ったのか、本文をヒントにして考えてみるのも面白い。
■松田行正さんプロフィール
まつだ・ゆきまさ/本のデザインを中心としたグラフィック・デザイナー。自称デザインの歴史探偵。「オブジェとしての本」を掲げるミニ出版社、牛若丸主宰。『眼の冒険』(紀伊國屋書店)で第37回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。著書に、『デザインってなんだろ?』(紀伊國屋書店)、『デザインの作法』(平凡社)、『にほん的』(河出書房新社)、『独裁者のデザイン』(河出文庫)、『眼の冒険』『線の冒険』(ちくま文庫)、『RED』『HATE!』『急がば廻れ』『デザイン偉人伝』『アート&デザイン表現史』『戦争とデザイン』(左右社)などがある。
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