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まずは口を開けること。語学学校で気づいたコミュニケーションの基本【ローマで居候】

なかざわ とも

なかざわ とも

(連載タイトル)ローマで居候

 イラストレーターのなかざわともさんが「ちょっとだけローマ暮らし」をつづる連載『ローマで居候』。語学学校で出会った個性あふれるクラスメイトたちが、イタリア語を学ぶ目的とは――?

ローマで居候 vol.6 なかざわとも

 授業は朝の9時半開始だ。壁沿いに並ぶ椅子が、少しずつ生徒で埋まる。先生が端から順に「昨日は何をしていたの?」と尋ねることから始まる。習いたてのイタリア語では説明できることも少なく、生徒たちは「昨日、食べます、ピザ、友達と」というように知っている単語をつなげて話していく。私は毎朝、辞書を引き、ノートにメモをして準備していた。この習慣は単語を覚えるのに役立ったような気がする。全員が回答を終えると、授業が始まる。

間違ってもいいよ、という空気感

 イタリア語も英語も不十分な私は、授業についていくために遅い頭をフル回転させて肩肘を張ったまま板書に励んだ。

 そんな中ふとクラスメイトを見やると、なにかが自分と違う。彼らはいつも、不思議なほど堂々としている。例えば先生が質問を投げかけてきたとき、私は一度考えて、自信がない答えはすぐにゴクリと飲み込んで、黙ってしまう。しかしほとんどの国の生徒は、正誤に関わらず頭に浮かんだ言葉をそのまま口から押し出しているように見える。そしてそれが合っていようと間違っていようと、ケロッとしている。

 また、わからない箇所があれば、うやむやにせず理解できるまで先生との対話を続ける。印象的だったのは、ドイツ人の男の子だ。「うーん」と首を傾げながら、別の言葉や例文を先生に求める。そのたびに授業は止まるが、誰も気にする様子はない。クラスメイトも黙っておらず、英語を交えて彼に言葉をかける。腑に落ちたとき、彼はいつも「あぁ!」と嬉しそうにニッコリ笑った。

 そんな光景が繰り返されている教室では、自然と「正誤に関わらず発言すること」「自分のペースで学ぶこと」が担保されているような心地がしてくる。そのことがだんだんと私の緊張をほぐしていった。できなくても、間違っていても、納得できるまでこの場所にいていい。そんなリラックスした空気が教室には満ちているように感じた。

 これは自分に染み込んでいた、全体の和を乱さないことを大切にする受講スタイルにはない、新鮮な感覚だった。彼らを真似てみると、少しずつ肩の力が抜けていく。

リンゴをかじりながら授業を受ける生徒も

 異国で過ごしながら、毎日同じ場所で同じメンバーと顔を合わせるということにも、安らぎを感じるようになってきた。毎朝「おはよう」と微笑みかける相手がいることで、ぼんやりとしていた「日常」の輪郭を得たような心地がする。初めの1週間で、教室は私にとって安心できる場所になっていた。

私はあなたと話してみたい

 すると行動もおのずと前向きになってくる。込み入った話はできないけれど、クラスメイトには自分から先に話しかけることを試みた。良いと思ったことや、知りたいと思ったことをそのまま声に出してみる。

 「かわいいカバンだね」「どこに住んでるの?」こんな程度のことでも、"私はあなたと話してみたいと思っている"という意思を伝えるためには、自分から話しかけることが重要だと思った。プールに飛び込んでしまえば水の温度が身体に馴染むように、突破口が開ければあとの会話は思ったより楽だ。

 不完全な英語でも、会話によってクラスメイトの人となりが見えてくる。クラスには様々な国や職業の人がいる。アメリカ人の青年はストリートスナップを専門としている写真家で、アフリカや中東などを旅しながら写真を撮り続けているという。イタリア滞在にあたって、この学校に入学したらしい。軽やかな青年で、彼の周りには自由の風が吹いている。

けん玉を見せてくれたアメリカ人の青年

 ワーキングホリデービザでやってきたニュージーランド出身の女の子は、途中からレッスンに合流した。大学で考古学を勉強していた関係で、イタリアに興味を持ったそうだ。大人しそうに見えたが、話しかけるとローマのシェアハウスでの困った住人の話や、イタリア人男性とのデート体験談などを早口でたくさんしゃべった。

 最年少の20歳であるブラジル出身の女の子は、南米のイメージ通りに明るくて懐っこい。イタリア語のほかにも中国語を勉強しているという、好奇心旺盛な彼女の瞳はいつもキラキラと輝いて見えた。

 ナイジェリア出身の女性は、弁護士として働きながらローマの大学院へ通うため、イタリアへ来たという。イボ族の出身で、彼女の両親が経験した内戦の話、今も独立を求める運動が続いていることを、簡単な英語に噛み砕いて話してくれた。落ち着いた雰囲気とおしゃれなファッションが魅力的な女性だ。

ニュージーランド、ブラジル、ナイジェリア出身のクラスメイト

 思いつく単語を言い換え、身振り手振りを加えて、表情を大袈裟にして、相手の目をよく見る......足りないなりに工夫してみると、必死でへっぽこな英語でも案外通じるもので、このことは大きな発見であった。

 少しずつ、学校が愉快になってくる。イタリア語の文法のややこしさに苦労しながら、一方で英語を使う面白さも感じて、教室へ向かう足取りは軽くなっていった。とにかく失敗してもみっともなくても、まずは口を開けることが一番大事みたいだ。

Come stai?

 自分から話しかけてみようと思ったら、このフレーズを使ってみては?

Come stai? (コメ スタイ?)→調子はどう?

ちょっとした挨拶に。ニッコリと笑顔で話しかけられると、それだけでなんとなく嬉しく、いまいちだった日でもつい"Va bene!"(元気です!)と反射的に返してしまう。

イラスト・文 なかざわ とも

■なかざわ ともさんプロフィール
1994年生まれ、東京在住のイラストレーター。学習院大学文学部卒。セツモードセミナーを経て、桑沢デザイン研究所に入学。卒業後、イラストレーターとして活動を開始。





 


  • 書名 (連載タイトル)ローマで居候
  • 監修・編集・著者名なかざわ とも 文・イラスト

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