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通学路で味わうローマの朝。BARとイタリア人【ローマで居候】

なかざわ とも

なかざわ とも

(連載タイトル)ローマで居候

 イラストレーターのなかざわともさんが「ちょっとだけローマ暮らし」をつづる連載『ローマで居候』。今回は、イタリアの朝に欠かせないBARからのリポートをお届けします。

ローマで居候 vol.5 なかざわとも

 私が通う語学学校は、ローマの中心部にある。地下鉄の最寄り駅の階段を登ると、出口はレパブリカ(共和国)広場につながっている。ロータリーの中央にはナイアディの噴水が水飛沫をキラキラと輝かせる。シンメトリーの建物が噴水に沿って扇形に立ち並び、中央にはエマヌエーレ2世記念堂に向かう大きなナツィオナーレ通りが真っ直ぐ伸びている。

 ローマの街が通学路になるということは、美しい景色を毎日楽しめるということでもあった。これはとても愉快な時間だ。ナツィオナーレ通りには、大きなホテルや洋品店が並ぶ。朝の時間帯は人通りもそこまで多くはない。早起きの観光客がホテルから顔を出し、店員や売店のスタッフたちが開店準備に勤しむ。観光都市ローマが目を覚ましつつある風景は物語の舞台裏を見ているようで楽しく、私は田舎者の心地で眺め歩いた。


「カプチーノは朝」という謎ルール

 バスの接続の関係で、授業の始まる一時間前には駅に着いてしまう。私は毎朝、学校までの道にあるBAR(バール、イタリアのカフェ)に通うようになった。近くで働く会社員や作業着姿の男性、ホテル客などで賑わう大きなBARである。

 イタリア人にとっては欠かせない場所だと、居候先のTさんは言う。朝、昼の休憩、仕事終わりにBARに立ち寄り、一杯のカフェを流し込む。ほとんどの場合はカウンター形式になっており、中に立つ店員に声をかけて注文をする。ガラスのカウンターバーの下には、菓子パンやクッキーやサンドイッチ、パニーノなどの軽食類が賑やかに並ぶ。

 イタリアの朝食は「コーヒーとちょっとした甘いもの」のセットが基本である。なぜかカプチーノは午前中(特に朝)の飲み物とされており、午後にカプチーノを飲むことは非常識とされているそうだ。何人かのイタリア人にその理由を聞いたが、明確な答えは得られず「それはそういうものだから」と言われてしまった。


 私は毎朝奥のテーブル席に座り、BARの風景を眺めていた。

 イタリアには「並ぶ」という習慣がほとんどないらしい。とにかくカウンターの前の隙間に立ち、忙しく動き回る店員を邪魔しないよう阿吽の呼吸で注文を告げる。「カフェ」と頼むと目の前に出てくるのは小さく濃厚なエスプレッソである。一口飲むと、コーヒーの苦みがガツンと喉を通り、あとから豊かな風味が鼻を抜ける。価格は一杯1.5~2.5ユーロほどで、どこの店でも1番安い飲み物がカフェらしい。

 砂糖を一袋たっぷり加えかき混ぜてから、親指と人差し指で取っ手をつまみ、くいっと飲み干す。この店のように混み合った朝のBARで長居をする人間は、観光客と時間を持て余す私くらいで、大抵のイタリア人は立ったまま飲み食いを済ませてサクッと数分で店を後にする。


完全や合理性を求めない

 店の奥から観光客とイタリア人の違いを眺めていると、BARの役割について考えさせられた。朝のBARは食事というより補給所といった様子で、イタリア人にとってコーヒーは欠かせないエネルギー源のようだ。BARは朝、昼、夜と微妙に役割を変える。昼のBARは穏やかだ。中年男性が何人か、カウンターで立って軽食をとりながら、楽しげに話している。夕方からはテーブルでじっくり談笑していることが多い。どんなに郊外でも、そこにはBARが必ずある。見知った顔に出会えば席を共にして、おしゃべりに花が咲く。BARはイタリア人の暮らしにとって必要不可欠な補給所で、社交場のように見える。


 会計は後払い、自己申告制の店がほとんどである。レジに向かい、自分が頼んだものを会計時に告げる。初めてそのことを理解したときはギョッとして「そんなに客を信用していいのかしら?」と心配になった。次第に、この完全や合理性を求めない大らかさが心地良く、イタリアの魅力のような気がしてくるのだ。

 学校が始まるまでの時間。活気に溢れた賑やかなBARで、眺めながら少し頭をぼーっとさせると、これまた元気が湧いてきて「今日もなんとかなるだろう!」と思えてくるから不思議だ。そろそろ学校に向かう時間である。カップの底に残ったカプチーノを飲み干し、席を立つ。

〇〇, per favore?

 今回は、カフェで欠かせないひとことを紹介しよう。

〇〇, per favore?(ペルファボーレ)→〇〇をください

注文をするときの便利なフレーズ。混雑したBARではオドオドしている暇がないので、店員さんに届くよう大きな声で。

イラスト・文 なかざわ とも

■なかざわ ともさんプロフィール
1994年生まれ、東京在住のイラストレーター。学習院大学文学部卒。セツモードセミナーを経て、桑沢デザイン研究所に入学。卒業後、イラストレーターとして活動を開始。





 


  • 書名 (連載タイトル)ローマで居候
  • 監修・編集・著者名なかざわ とも 文・イラスト

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