心にまっすぐ届く言葉で、共感を呼ぶ物語を紡ぐ作家・寺地はるなさん。その作品には日なたのようなあたたかさがあり、自分の足で大地を踏みしめて立つ主人公がいる。そして、これまでなんの疑問もなく「普通」「当たり前」「正論」と思っていたことを、「本当にそう?」と考えさせられる。
人の心を動かす作品を生み出す寺地さんは、どんな作品に心を動かされるのだろうか? 前回に引き続き、寺地さんへのインタビューをお届けする。
寺地さん(以下略) とくに影響を受けたのは、三浦綾子さんの『泥流地帯』と『続 泥流地帯』(ともに新潮社)です。最初に読んだのは高校生のころだったんですけど、これを読んだことは自分にとって大きかったですね。
北海道に住む貧しい兄弟が、十勝岳の大噴火で田畑も家族も泥流に押し流され、すべてを失う話です。とても善良な兄弟なのに、次から次へと困難が襲いかかる。災害が起きた後、被害に遭った集落と遭わなかった集落があるんですけど、被害に遭わなかった集落の人が、自分たちは日頃の行いがよかったから助かったと言うんです。このセリフに、ものすごくショックを受ける場面があって。
「日頃の行い」ってわりと簡単に言ってしまうんですけど、『泥流地帯』を読んで初めて、とても残酷な言葉だなと思い至りました。ふだん何気なく口にする言葉の意味を改めて考える癖がついたのは、これを読んだからだと思います。
悪人は罰せられて善人は報われてほしいと期待するんですけど、必ずしもそうなるわけではない。現に、悪いことをしていない人がつらい目に遭っている。それなら、正しく生きようとするだけ馬鹿を見るのか? という問いが、この厚みでずっと書かれています。
『泥流地帯』(新潮社)
『続 泥流地帯』(新潮社)
大正15年、北海道の上富良野町で実際に起きた十勝岳大噴火。泥流により144人の死者・行方不明者が出た。三浦綾子さん(1922―1999)は執筆にあたり、上富良野町を訪れて綿密な取材を重ねたと言われている。1982年刊行。
苦しい開拓と貧困を乗り越え、真面目に生きてきた家族。しかし、突然の火山爆発がすべてをのみ込んでいく。人生の試練に意味はあるのか? 真面目に生きても無意味なのか? 懸命に生きる兄弟の姿を通して、人生の試練の意味を問いかける長篇小説だ。
寺地はるなさんの最新長篇『わたしたちに翼はいらない』(新潮社)は、「人間のドス黒い部分を描く黒テラチの真骨頂!」ということで、これまでの作品とはひと味違ったサスペンス色の強い一冊となっている。(インタビュー前編「忘れなくても許さなくてもいい。寺地はるなさんが新作に込めた思いとは」はこちら)。
三浦綾子さんの『泥流地帯』と『続 泥流地帯』を読んで、何気なく口にしていた言葉の意味を改めて考えるようになったという話は、当たり前に思っていたことを「本当にそう?」と考えさせられる寺地さんの作品に通底していると感じた。
――『わたしたちに翼はいらない』のある場面で、過去にいじめられた主人公が「彼らは、何のお咎めも受けなかった。そんなのっていくらなんでもあんまりでしょ」と憤っています。悪人が罰せられて善人が報われる、という物語のイメージをひっくり返されました。
寺地さんは高校生のころに『泥流地帯』と出合い、35歳で小説を書き始めて、今や人気作家ですが、過去のどこかの地点に戻って自分に声をかけられるとしたら、どんなことを伝えたいですか。
35歳のわたしはたぶん素直に聞かないと思う。中学生のわたしに言ってあげられたらよかったな、と思うことはありますね。「周りの大人の言うことはあまり当てにならないから、真面目に聞かなくてもいいよ」って。
たとえば、学校の休み時間に本を読んでいたら、「どれだけ読んでも作家になれるわけがない」と言われたことがあったんです。なにをするにしても、お前には無理だと最初に言われるような環境だったんですけど、それって全部嘘だったなと、大人になって思います。
――周りからはこう言われてきたけど、「じつは違うんじゃないの?」とご自身で気づいた経験が、作品に表れているのでしょうか。
そうですね。意識していなくても、根っこにそういう気持ちがあるから、自然と出てくるんだと思います。テーマでもメッセージでもない、基本方針みたいなものだと思ってもらえれば。
――「当たり前」を鵜呑みにしない、みんなと同じでなくてもいい、という思いが、寺地さんの根っこにあると。
それがわたしの基本姿勢ですね。
『わたしたちに翼はいらない』(新潮社)
「他人を殺す。自分を殺す。どちらにしてもその一歩を踏み出すのは、意外とたやすい。」
4歳の娘を育てるシングルマザーの佐々木朱音(あかね)。朱音と同じ保育園に娘を預ける専業主婦の中原莉子(りこ)。マンション管理会社に勤務する独身男性の園田(そのだ)律。3人は同じ地方都市で生まれ育ち、いまもそこで暮らしている。
小中学校時代のいじめ、ママ友のマウンティング、王様気分の夫のモラハラ、母親が呪文のように繰り返した言葉と手のひら返し。一度心に負った傷は、なかなか消えない。それはやがて恨みとなり、復讐心となり、しだいに抑えられなくなっていく――。
■寺地はるなさんプロフィール
てらち・はるな/1977年佐賀県生まれ。大阪府在住。2014年『ビオレタ』で第4回ポプラ社小説新人賞を受賞しデビュー。2020年『夜が暗いとはかぎらない』で第33回山本周五郎賞候補。2021年『水を縫う』で第42回吉川英治文学新人賞候補。同年同作で第9回河合隼雄物語賞受賞。『川のほとりに立つ者は』で2023年本屋大賞9位入賞。他の作品に『カレーの時間』『白ゆき紅ばら』などがある。
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