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内田百閒×ミステリー。「ビブリア古書堂」作者が描く連作集。

百鬼園事件帖

 戦前大ベストセラーになった随筆集『百鬼園随筆』で知られる文豪・内田百閒をモデルにしたのが、本作『百鬼園事件帖』(KADOKAWA)である。

 著者三上延さんには、古書をめぐるミステリー『ビブリア古書堂の事件手帖~栞子さんと奇妙な客人たち~』からはじまる「ビブリア古書堂の事件手帖」シリーズがある。本作は実在の人物を素材にしながら、奇妙な味わいの短編四話からなる連作集となっている。

『百鬼園事件帖』三上延 著(KADOKAWA)
『百鬼園事件帖』三上延 著(KADOKAWA)

漱石の「背広」をめぐり事件が...

 内田百閒は、1889年(明治22)岡山市に生まれた。地元の百間川にちなんだ俳号が「百間」。一般には「内田百閒」と表記されるが、本作中では昭和6~8年当時に使われていた「内田百間」の表記を採用している。

 東京帝国大学独文科を卒業、法政大学などでドイツ語を教えた百閒。

 「黒縁の眼鏡をかけた中年男で、ぎょろりと目が大きく、脣の両端がへの字に下がっている。一度見たら忘れられない顔だ」と書かれている。大学では、本名の内田榮造教授として学生から恐れられた。

 東京・神楽坂のカフェと言っても大衆食堂のような店で、主人公の学生・甘木は名前を呼ばれ、「よかったら、こちらのテーブルに来なさい。一緒に食べよう」と内田先生から声をかけられ、驚く。「自分の教えている学生の顔も知らないでどうする」とのことだった。

 内田百閒と言えば、偏屈で知られるため、気軽に学生に声をかける姿は想像しがたい。しかし、実際には学生たちから慕われる一面もあったようだ。

 還暦を迎えた翌年から、教え子らにより誕生日である5月29日に「摩阿陀会(まあだかい)」という誕生パーティーが開かれた。「還暦を祝ってやったのに、まだ死なないのか。まあだかい」に由来した。

 黒澤明監督による映画「まあだだよ」は、この時期を映画化したもので、実際の百閒と教え子の間にあった、ほのぼのとした交遊を知っていれば、本作の設定があながち虚構ではないことに気がつくだろう。

 カフェで二人が背広を取り違えたことから第一話「背広」は始まる。その晩、甘木は変な夢を見る。高熱が出て、丸二日床に伏せった。甘木が持ち帰った背広は、先生が夏目漱石から形見分けでもらったものだった。友人の青池がそれを知り、勝手に持ち出したことから「事件」めいた展開になる。

 取り戻すために、二人が立ち寄った青池のアパートには、先生の作品『冥途』があった。未来を予言する半人半牛の化け物が登場する話も出てくる。作家志望の青池は、漱石の『夢十夜』によく似た話を甘木から聞き、夢を見れば傑作が書けると思い、画策したらしい。

 ところが、甘木は『夢十夜』を読んだことがなかった。全く知らない物語が夢に出てきたのだった。ざわりとする。

 第二話「猫」にはカフェの女給たちが登場する。休んだ女給の見舞いに行った甘木は、人の言葉を話す猫に変身した娘に会い、逃げ帰る。

 「おかしな娘には気をつけなさい」と忠告していた先生。その真意はどこにあったのか? 女優の卵だという娘は、さまざまな客の真似をするうちに何かが憑依したらしい。

 ところで、甘木に「猫がお嫌いですか」と尋ねられた先生は、「好きも嫌いもない。飼ったことがないのだから」と答える。

 これは戦後、『ノラや』をはじめとする随筆を書いたことを知っている読者をにやりとさせるくだりだ。百間は、ふとしたきっかけから野良猫と暮らすことになり、「ノラ」と名付けて可愛がり、行方不明になると、涙が止まらず憔悴したのだった。

自分のドッペルゲンガーが登場、作品批判も

 第三話「竹丈」において、怪異さは頂点に達する。人間そっくりのドッペルゲンガーが登場する。自分のドッペルゲンガーに会った人は死ぬとも言われている。

 人間ではない者が少なくても二体、先輩の笹目と芥川龍之介にそっくりな顔を持つ何かが、この東京を徘徊しているという。

 先生は、「今すぐ東京を離れて、どこかの宿に二、三日身を隠すことだ。絶対に下宿やアパートに帰ってはいかん。誰かに居場所を知らせても駄目だ。これまで行こうと思ったことのない、知り合いのいない土地がいい」と甘木らに言い、金を渡した。

 やって来るのは、甘木ら自身のドッペルゲンガーかもしれない、というのだ。だが、先生の忠告を無視した甘木は、先生のドッペルゲンガーと対面する。背筋が凍った。

 そして、先生がそのドッペルゲンガーと対峙する。そこで飛び出したのは、百閒の作品批判だった。

 百閒は乗り物好きで、戦後は『阿房列車』という鉄道紀行シリーズで有名だ。本作にもそうした一面が出てくる。内田百閒の生涯と作品を知り尽くした人だから、書き得た境地の作品である。百閒ファンならずとも十分に楽しめる。


BOOKウォッチ編集部 渡辺淳悦)


 


  • 書名 百鬼園事件帖
  • 監修・編集・著者名三上延 著
  • 出版社名KADOKAWA
  • 出版年月日2023年9月 1日
  • 定価1760円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・249ページ
  • ISBN9784041131862

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