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言語の起源はオノマトペだったのか 正統派に挑戦する仮説

言語の本質

 出版されるや、ほぼすべての新聞書評欄を総なめにしている言語学の本である。新書とはいえ、大学教官2人による学術書の趣のある本書が注目される理由は、「オノマトペ」にある。

 発達心理学の専門家である今井むつみさんと、オノマトペの専門家でもある秋田喜美さんによる『言語の本質』(中央公論新社)は、大方の素人が何気なく普段思っていたことばの謎を、オノマトペをキーワードに解き明かし、言語がまさにどこから生まれてきたのかについて、言語学の本流とは違う水脈からたどろうとする本である。

言語は体から生まれる

 「ぱらぱら」とか「すべすべ」とか、日本語には感覚によって表現されるオノマトペが多い。そして、ことばを覚えたての子どもは、オノマトペを通じて、ことばとそれを指し示すものの関係を覚えていく。ここに注目して、言語の起源や本質をオノマトペ的なものの中に求めていくのが、本書の狙いである。

 読みながら、思い出したことがある。自分の孫が3歳くらいのときに蝉が鳴くのに驚き、「?」という顔をしていたので、「セミだよ」と教えたら、耳をすませながら「セミ―――って言ってる!」と叫んだ。確かにそう聞こえるし、セミという名前は、そこから来ているかもしれないと、ハッとしたものだ。

 正統の言語学ではオノマトペは軽視されてきた、と著者たちは打ち明ける。抽象的な記号である文字と音声によって、意味のある文を紡ぐ言語のなかで、オノマトペのような感覚的な言葉は、言語学の対象としては似つかわしくないという欧米流の考え方だ。そういう見方に真っ向から異を唱えたという意味では、権威に向かっての挑戦状とも言える性格の本でもある。

 オノマトペと言語の本質をつなぐキーワードは、「言語の身体性」だ。どんな言語も生身の人間から生まれ、共通感覚を通じて定着していく。本書では、日本人が全く知らない言語であっても、感覚的に対をなす言葉(例えば<大きい-小さい>)の響きを聞いたとき、どちらがどちらかをかなりの確率で理解できるということが示される。母音による差や、p、b、hなどの音が表現する感覚が、人類にある程度共通するとの分析も、納得できるものだ。

オノマトペの痕跡は英語にも

 「吹く」という動詞と、「ふー」という行為を表すオノマトペの関係などは、無意識のうちに日本人が身につけた感覚だろう。これはオノマトペの多い日本語だからと思われがちだが、実は、オノマトペが少ないとされる英語などでも、名詞化、動詞化されてしまった単語にオノマトペの痕跡は少なからず見つかるという考察は、正統派の言語学からは出てこない視点だろう。

 それでは、そうしたオノマトペから発した言語が抽象的な概念までを表すようになる進化の過程はどう説明するのか。その仮説については本書をじっくりお読みいただきたいが、子どものことばの学びの過程が、人類の言語獲得の歴史と重なって見えてくることは付け加えておく。

 ことばを覚え始めた子どもが身近にいる人は、本書を手に取ることによって、子どもにとってことばを覚える早さなど、あまり意味がないことを悟るだろう。新たな言語を学び始めた人なら、難解な単語を覚えるという行為が、新たな発見に満ちたものになるに違いない。

 日々使っていることばが、別の色を帯びて見えてくる一冊である。


■今井むつみさんプロフィール
いまい・むつみ/1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。94 年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D.取得。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。著書『ことばと思考』(岩波新書)、『学びとは何か』(岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)、『英語独習法』(岩波新書)など。共著『言葉をおぼえるしくみ』(ちくま学芸文庫)、『算数文章題が解けない子どもたち』(岩波書店)など。

■秋田喜美さんプロフィール
あきた・きみ/2009年神戸大学大学院文化学研究科修了。博士(学術)取得。大阪大学大学院言語文化研究科講師を経て、名古屋大学大学院人文学研究科准教授。専門は認知・心理言語学。著書『オノマトペの認知科学』(新曜社)、共編著 Ideophones, Mimetics and Expressives(John Benjamins)、『言語類型論』(開拓社)など。





 


  • 書名 言語の本質
  • サブタイトルことばはどう生まれ、進化したか
  • 監修・編集・著者名今井 むつみ、秋田 喜美 著 
  • 出版社名中央公論新社
  • 出版年月日2023年5月24日
  • 定価1,056円(税込)
  • 判型・ページ数新書判・304ページ
  • ISBN9784121027566

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