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歯痛の原因は「心」!? 日常がぐらりと揺らぐ、森絵都の短編集

Mori

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獣の夜

 歯が痛くてたまらず歯医者を受診すると、原因は虫歯でも歯槽膿漏でもなく「心」にある、と言われたら――?

 森絵都さんの最新短編集『獣の夜』(朝日新聞出版)は、どこにでもいる「私たち」が主人公の7つの短編集だ。

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 収録作品は以下のとおり。

「雨の中で踊る」リフレッシュ休暇の最終日、永井はふと海を目指す。
「Dahlia」"ATTACK"後、変わり果てた日本で生きる私の見つめる先。
「太陽」原因不明の歯痛に悩む加原は不思議な歯医者を訪れる。
「獣の夜」女ともだちをサプライズパーティに連れ出す予定が......。
「スワン」恋人と乗り込んだスワンボートが見せる心の「澱」とは?
「ポコ」大好きな飼い犬を亡くした小4の朔が心にきざしたある思い。
「あした天気に」始まりは、久しぶりに作ったてるてる坊主だった。

 2023年7月7日から7月19日まで期間限定で、出版社の公式noteで収録作のうちの一編、「太陽」が全文公開されている。少しだけ紹介しよう。

 主人公は30代半ばの女性会社員、加原。緊急事態宣言が発出された日の夜に「奥歯に釘をねじこまれるような」痛みに襲われ、あわてて予約の要らない歯医者を受診した。風間と名乗る院長は、加原の奥歯をのぞき込むなり、「あー」と吐息を漏らす。

「かわいそうに。これ、虫歯じゃありませんね。」

 検査もしたが、歯にも歯茎にも何の問題もないという。「でも、痛いんです」と訴える加原に風間院長は、その痛みは「代替ペイン」であり、歯ではなく別の部分、つまり「心」の痛みを歯が代わって背負っているのだと告げる。にわかに信じられず混乱する加原だが、痛むのは実際、過去に虫歯で神経をとった箇所だった。

 そこから加原は思い当たる原因を一つずつ思い浮かべていく。最も有力なのは最近、恋人と別れたことだったが――。

悲しんでいいんだよ

 コロナ禍で多くの人が亡くなり、医療現場はひっ迫し、収入を失って途方に暮れている人もいる中で、「自分は恵まれているほう」と、個人的な悩みや悲しみにフタをしていた人も多いのではないだろうか。本作は、そんな私たちの気持ちに「十分に悲しんでいいんだよ」と寄り添ってくれる。

 大きな事件やドラマがあるわけでもなく、加原の独白と風間との会話で物語は淡々と進んでいく。だからこそ、「当たり前」と思っていたことに自信がなくなり、「眼の前の世界がふいにぐらりと揺らぐ瞬間」を味わえる。そして、読み終えると不思議な安ど感に包まれ、心がほんのり温まる。

 著者の森さんは、青春小説の金字塔『カラフル』や『永遠の出口』、『みかづき』など、人気長編小説を多数生み出してきた。一方で、『出会いなおし』『漁師の愛人』などの短編集や、音楽ユニットYOASOBIと直木賞作家たちのコラボレーション企画から生まれた「ヒカリノタネ」など短編の名手としても知られている。本作『獣の夜』は、そんな森さんがこの10年ほど様々な媒体やアンソロジーなどで発表した短編&掌編小説を選りすぐって編んだ作品集だ。その巧妙な仕掛けとユーモア、さわやかな読後感をぜひ体感してほしい。


■森絵都さんプロフィール
もり・えと/1968年生まれ。90年デビュー。児童書の文学賞を多数受賞したのち、2003年、児童書ではない初の一般文芸書『永遠の出口』を上梓し高い評価を得る。06年『風に舞いあがるビニールシート』で直木賞、17年『みかづき』で中央公論文芸賞を受賞、同作で本屋大賞2位。著書に『いつかパラソルの下で』『ラン』『漁師の愛人』『クラスメイツ』『出会いなおし』『カザアナ』など多数。


※画像提供:朝日新聞出版


  • 書名 獣の夜
  • 監修・編集・著者名森絵都 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2023年7月 7日
  • 定価1760円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・256ページ
  • ISBN9784022519115

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