『カラフル』『みかづき』などで人気の森絵都さんによる、異色のファンタジーエンターテインメント『カザアナ』(朝日新聞出版)が、2022年5月6日に文庫化した。
物語の舞台は、東京五輪から約20年後の日本。観光業が国の産業の中心となり、日本らしい=「ジャポい」景観が推奨され、センサーで国民が監視されているという近未来の社会だ。この小説が書かれたのは2019年。東京五輪が終わった今、"if"の世界線の日本として、現実の日本と比べてみても面白いかもしれない。
ディストピア小説とも受け取れるが、作品自体はいたって軽妙。活躍するのは、特別な力をもつ庭師集団、「カザアナ」だ。社会に息苦しさを感じながらもたくましく暮らす中学生・入谷里宇は、ある日「カザアナ」の人々と出会う。彼らの力によって、入谷一家や彼らの住む藤寺町の日常が、少しずつ変わっていく。窮屈な社会に"風穴"を開ける、痛快ハッピーエンターテインメントだ。
4話構成のうち第1~3話までの全文が、2022年5月15日までの期間限定で、noteで無料公開されている。
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架空の異能人「カザアナ」は、物語の中では、なんと平安時代からいたという設定だ。もとは庶民の間のお助け役だったが、宮廷貴族たちの興味を惹き、囲われるようになった。はじめはただの道楽のために囲っていたのが、だんだんその能力が貴族たちの利益や権力争いに使われるようになる。さらに時代が下ると、貴族社会から武家社会への転換の動乱に巻き込まれ、「風穴狩り」がおこなわれるようになる......。
軽快なテンポのファンタジーだが、こんな骨太な設定に支えられている。本筋の物語とは別に、こうした「風穴(カザアナ)」の歴史も各章で明らかになっていく。
「カザアナ」の能力は実に多彩だ。月を読んで運気の流れをあてる月読、風を読んで方角の吉凶をあてる風読、草花を読んで病によき種をあてる草読などなど、森羅万象に通じて、凡人にはわからないことを読み取る。
さて、近未来で活躍する「カザアナ」は、「株式会社カザアナ」。3人の「カザアナ」が代表取締役を務める造園業者だ。「ジャポい」景観が推奨される社会で、造園業者は非常に需要がある。
「株式会社カザアナ」の3人はそれぞれ、石から記憶を読み取る「石読」の岩瀬香瑠、虫と心を通わせ操ることができる「虫読」の虹川すず(通称・鈴虫)、空を読んで天気を当てることができる「空読」の天野照良(通称・テル)。多様な「カザアナ」の中でもとりわけ地味な能力をもつ3人だが、この3人が集まっているのにはわけがある。詳しいことは本編を読んでいただきたい。
「カザアナ」の設定だけでもわくわくするが、「カザアナ」に出会う主人公の入谷一家もまたキャラクター造形が面白い。まず「カザアナ」に出会うのは、14歳の入谷里宇(りう)。日本社会に息苦しさを感じているが、それでも自分を貫いて生きている勝気な女の子だ。里宇の弟は11歳の早久(さく)。わけあってしばらく部屋にこもっているが、こちらも負けず嫌いで気の強い男の子だ。彼らの母親・由阿(ゆあ)はフリージャーナリストで、多忙なためほとんど家にいない。父親の練(れん)はアイルランド人と日本人のミックスで、すでに亡くなっている。
里宇、早久、由阿の3人とも、自分の人生をたくましく生きる、バイタリティーに溢れた人物だ。しかし、彼らの設定にも骨太なテーマがある。家族全員、珍しい名前だと思わないだろうか? 実は、「ジャポい」価値観が推奨されているこの物語世界では、たとえば早久のクラスメイトの名前は「次郎」や「佐助」など古風なものばかり。彼らはこの社会で、異端の存在なのだ。
父親の練がミックスということもあり、里宇も早久も栗色の髪の毛をもっている。ところが、この社会では断然、「ジャポい」黒髪が理想。2人は学校で注意されながらも、「地毛です」と主張して、頑なに栗色の髪を伸ばしている。
「他と違う」生まれや生き方をしている仲間意識が、入谷家と「カザアナ」たちを引き合わせたのだろう。彼らはそれでも、監視社会を嘆くのではなく、かと言ってぶち壊すのでもなく、持ち前の明るさと強さ、バイタリティーと特殊能力で、さまざまな問題を解決しながら痛快に渡り歩いていく。
『カザアナ』で描かれている日本は、私たちが実際に生きている五輪後の日本とは違う姿をしているけれど、現実の日本社会に通じる問題もたくさん隠れているはず。単なるハッピーに終始せず、骨太な設定とテーマのおかげで、展開やメッセージに説得力があるのもこの作品の魅力だ。「カザアナ」と入谷ファミリーが、現実社会を生きるあなたの毎日にも、気持ちのいい風穴を開けてくれるかもしれない。
【目次】
第一話 はじめに草をむしる(全文公開中)
第二話 自分のビートで踊る(全文公開中)
第三話 怪盗たちは夜を翔る(全文公開中)
第四話 しょっぱい闇に灯る
春のエピローグ
解説 芦沢央
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