本を知る。本で知る。

上橋菜穂子が誘う、新たな異世界の物語。とてつもない想像力に圧倒される。

香君 上

 「香りで万象を知る<香君(こうくん)>という女性がいた。」

 『精霊の守り人』『獣の奏者』『鹿の王』などで知られ、2014年に国際アンデルセン賞作家賞を受賞した上橋菜穂子さん。本書『香君』上・下巻(文藝春秋)は、新たな世界を描いた物語としては『鹿の王』以来、7年ぶりとなる新作長編。

 本作は、上・下巻合わせて約900ページの壮大なファンタジー小説。上橋さんは「草木や虫、鳥や獣、様々な生きものたちが、香りで交わしている無数のやりとりをいつも風の中に感じている、そんな少女の物語です」とコメントしている。

■あらすじ

 遥か昔、神郷からもたらされたという奇跡の稲、オアレ稲。ウマール人はこの稲をもちいて帝国を作り上げた。この奇跡の稲をもたらし、香りで万象を知るという活神<香君>の庇護のもと、帝国は発展を続けてきたが、あるとき、オアレ稲に虫害が発生してしまう。時を同じくして、ひとりの少女が帝都にやってきた。人並外れた嗅覚をもつ少女アイシャは、やがて、オアレ稲に秘められた謎と向き合っていくことになる。
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『香君 上 西から来た少女』(文藝春秋)
 「飢えの雲、天を覆い、地は枯れ果て、人の口に入るものなし」――かつて皇祖が口にしたというその言葉が現実のものとなり、次々と災いの連鎖が起きていくなかで、アイシャは、仲間たちとともに、必死に飢餓を回避しようとするのだが......。オアレ稲の呼び声、それに応えて飛来するもの。異郷から風が吹くとき、アイシャたちの運命は大きく動きはじめる。
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『香君 下 遥かな道』(文藝春秋)

「香りの声」を聞く

 主人公のアイシャは物心ついたときからずっと、「生き物が発する香り(その香りによって生じている様々なやり取り)」を感じながら生きてきた。漂って来る香りが言葉のように意味をもつものとして感じられ、「香りがうるさい」という感覚になることもあった。

 たとえば、木が虫に食われて発している香りは「痛い、痛い、虫に食われている!」と言っているように感じられる。

 「無数の香りがもつ意味が、アイシャにはわかるのだ。我が身を喰われた草木は、香りを発して、その虫の天敵を引き寄せる。草木の香りが虫を誘い、草木によって土も変わる。無数のものたちが行っている、そういう、眩暈がするほど複雑なやりとりが、いまこのときも、この世界では起きているのか」

 「香りの声」を聞くという、自分にとっては当たり前のことが他の人にはわかってもらえない。こうした孤独を、アイシャは抱えていた。

偽物も、本物も、ない

 当代の香君であるオリエは、13歳で香君に選ばれたときから、人生が一変した。活神に祀り上げられ、家族や故郷から引き離され、帝都の香君宮へ連れて来られた。

 香君として生きる重責は、オリエを蝕んでいった。いつも心のどこかに、人々を欺いているような不安感があり、「この者は香君ではない、香君を騙(かた)る偽物だ」と指をさされるのではないかと、おそれていた。

 「何も知らなかった十三の時から、現実を知り、虚しさを抱えて、長く生きてきました。(中略)香りで万象を知る力はなく、実際に人を導くこともなく、ただ、虚ろな飾り物として生きるよう......この先も、命尽きるまで、そういう者として生きるよう運命づけられて」

 「誰にもわからぬ世界にいるよう振る舞わねばならない」オリエと、「本当に、誰にもわからぬ世界にいる」アイシャ。それでも、「香君に、偽物も、本物も、ない」――。

 帝国の崩壊の危機が訪れるとき、自分にも出来ることがあるかもしれないと思える道を、それぞれに探っていく。

この物語の始まり

 巻頭に「地図」と「主要人物一覧」がある。史実かと思うほど緻密な設定だが、国、人物、植物、昆虫......ほぼすべて、著者の「想像の産物」。

 いったいどんなふうに創作しているのかと思ったら、著者はどんな長編でもプロットはつくらないのだという。「資料を読み返しながら、思考を転がしていくと、不思議と次のシーンが浮かんでくるんです」と、インタビュー(https://books.bunshun.jp/articles/-/7063)で語っている。

 「他の人が感じることのない香りのやり取りを知ることが出来る少女がいたら、彼女の世界は、とても豊かで、しかし、とても孤独だろう。その思いが胸に広がったとき、この物語は始まったのでした」(下巻「『香君』の長い旅路」より)
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著者の上橋菜穂子さん
 「生き物は、どんな存在に生まれるか、選ぶことはできない。望む力を持って生まれてくるわけでもない。それでも、それぞれが己の持つ力を活かし、あるときは他者を助け、あるときは他者を害して生きていく。そういう関係が絶えず動き続ける網のようにこの世を覆っていて、ちっぽけな虫ですら、それぞれの役割を背負い、その網の目をつくっている。どんな小さな者も己の役割を担って生きている」

 見えているようでじつは見えていないものが、まだまだあるかもしれない。ぐっと引いてものごとを見てみよう、と思った。それにしても、なんて途轍もない想像力だろう。読めば圧倒されること間違いなし。

 ここで紹介したことは、あまりにもスケールの大きな本作のほんの一部。ぜひその世界に足を踏み入れ、体感してほしい。


■上橋菜穂子さんプロフィール

 1962年東京生まれ。文学博士。川村学園女子大学特任教授。89年『精霊の木』で作家デビュー。著書に『精霊の守り人』をはじめとする「守り人」シリーズ、『獣の奏者』『鹿の王』など。野間児童文芸賞、本屋大賞、日本医療小説大賞など数多くの賞に輝き、2014年には国際アンデルセン賞作家賞を受賞。20年、マイケル・L・プリンツ賞オナー、日本文化人類学会賞を受賞。医学博士・津田篤太郎との共著『ほの暗い永久から出でて 生と死を巡る対話』もある。


※画像提供:文藝春秋



 


  • 書名 香君 上
  • サブタイトル西から来た少女
  • 監修・編集・著者名上橋 菜穂子 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2022年3月25日
  • 定価1,870円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・440ページ
  • ISBN9784163915159
  • 備考下巻のISBNは978-4163915166

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