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昭和と現代。ふたりの女性が、自分の人生を「織る」物語です。

世はすべて美しい織物

「思う存分、織ればいい。織りよし。染めて織れ。」

 成田名璃子さんの『世はすべて美しい織物』(新潮社)は、<昭和>を生きた女性と<平成>を生きる女性、ふたりの主人公の運命が交わり、紡ぎ出される物語。

 舞台は、「西の西陣、東の桐生」と言われるほど絹織物が盛んな群馬県桐生市。<桐生の養蚕農家の娘として生まれた芳乃(よしの)>と<銀座でトリマーとして働く詩織(しおり)>のパートが交互に進行する。時代も場所も別々の、ふたりのつながりとは。

<昭和>と<現代>。決して交わるはずのなかったふたつの運命が、紡ぎ、結ばれていく。母の束縛、家のしがらみ、そして、最愛の人との離別......。抑圧と喪失の「その先」を描く。

思ってもみない縁談

 昭和12年。芳乃、27歳。生まれつきの薄毛で、綿毛のような髪の毛しか生えてこず、姉(あね)さん被りをしている。縁談などほぼなく、適齢期はとうに過ぎた。しかし今となっては、実家で好きな織物や仕立てをしていられることに幸せを感じている。

 ところが、そんな芳乃のもとに思ってもみない縁談が舞い込んだ。相手は、桐生の買継商(かいつぎしょう)である新田商店の次男・達夫。向こうの主のくしゃみ1つで芳乃の家など吹き飛んでしまうほど、家格に差がある。

 良家の娘でも評判の美女でもなく、会ったこともない綿毛の自分になぜ。絶対何かがある。それに、そんないいところの奥様におさまったら店の切り盛りで忙しく、きっと機織りなどさせてもらえない。どうやってこの縁談をご破算にしようかと、芳乃は考える。

 見合いの席で、お茶を盛大にこぼす。姉さん被りをほどき、手ぬぐいでゴシゴシこする。そのときできるだけこの綿毛を拝めるようにしたら、翻意するに違いない......というのが芳乃の算段だった。しかし当日、お茶をこぼして綿毛を拝ませても、達夫の気持ちは変わらなかった。

「一生、それで終わるつもりなん?」
「あんたは、ここで細々織るために生まれた人間じゃないと俺は思う」
「俺は、あんたの織物に惚れたん。好きなだけ織りに来ればいい」

 芳乃は織物の才能を達夫に見出され、新田家に嫁ぐこととなった。一方、戦争の気配が次第に色濃くなり、「灰色の時代」が始まろうとしていた。

このくらいの脱線なら

 平成30年。詩織、25歳。仕事帰りに機織り工房に通っている。なぜか母・絹子が手づくりや芸術を極端に嫌がるため、絹子には内緒にしている。

 詩織が絹子の顔色をうかがう背景には事情があった。詩織はADHD、いわゆる発達障害の症状を抱えている。日常生活を営む上での不注意が多く、絹子の助けがなければ人並の暮らしに手が届かない、だから決して逆らえない、自分は「半端者」「欠陥人間」なのだ、と思っている。

 ある日、工房を紹介してくれた京香から「手しごと市 in 桐生」で織物を売ってみないかと誘われる。「あなたの作品には人を揺さぶる何かがある。絶対に、手しごとの道を進むべき人だと確信したの」。そんなふうに言われて戸惑いつつ、「手しごと」という言葉に詩織は強く惹かれた。

 このときだけは、気持ちを鎮められなかった。手づくり市に出品するくらいの脱線なら許されるのではないか。詩織は桐生行きを決め、絹子に隠れて作品を織り始める。

 しかし桐生へ行く前日、絹子にばれて作品を捨てられた。「桐生は絶対に駄目」と反対する絹子を振り払い、詩織は家を飛び出した。「庇護の傘」だと信じていたものが、「理不尽な檻」に思えた。

「この世界のどこにいても、自分という存在を、誤ってついた小さな染みのように感じてしまう。」
「このまま、日々を重ねていくの? 母親に管理されて、何も出来ないと呪われながら、残りの人生を歩んでいくの?」

 絹子の手芸嫌いには、なにか根深い問題があるのではないかと考えながら、詩織は京香と桐生へ向かう。詩織にとっては思い切った行動で、ほんの少し誇らしかった。

どこまで行っても先がある

 時代の波、家族の血、という抗えないものによって、思う存分織れない。しかし、指先が疼いて湧き上がる衝動を抑えられない。芳乃と詩織のような、1つのことに情熱を傾ける生き方に憧れる。

芳乃 「何千、何万と杼(ひ)を糸の中へと投げ入れ、どんなに技巧を尽くした反物を仕上げても、最後に残るのは、まだこの先があるという未到達の感覚だった。」

詩織 「一生を費やしても、いや、生まれ変わって再び織物に人生を捧げても、あの境地へ達することはできないのではないか。自らが踏み出した道程の果てしなさを思う。」

「誰もが、織り人」――。あなたはなにに惹かれ、なにに突き動かされるだろうか。読みながら、情熱的になれるものに気づいて疼くかもしれない。


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■成田名璃子さんプロフィール
なりた・なりこ/1975年青森県生まれ。東京外国語大学卒業。2011年『月だけが、私のしていることを見おろしていた。』が第18回電撃小説大賞《メディアワークス文庫賞》を受賞し、作家デビュー。2015年『東京すみっこごはん』が人気を博し、ヒットシリーズとなる。2016年『ベンチウォーマーズ』で第7回高校生が選ぶ天竜文学賞、第12回酒飲み書店員大賞を受賞。他の作品に『ハレのヒ食堂の朝ごはん』『グランドスカイ』『月はまた昇る』などがある。






  • 書名 世はすべて美しい織物
  • 監修・編集・著者名成田 名璃子 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2022年11月15日
  • 定価1,980円(税込)
  • 判型・ページ数四六判変型・287ページ
  • ISBN9784103548416

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