「家族って、ちょっといいかも」――。
成田名璃子(なりた なりこ)さんの著書『ひとつ宇宙(そら)の下』(朝日文庫)は、「星バカ」の父、母、息子、それぞれに成長し、家族が再生していく物語。
著者は「コロナ下でどの人にもより浮き彫りになったであろう、普遍の問いかけをテーマにした小説です」とnoteに書いている。
「普遍の問いかけ」とは、「このまま人生を終えていいのか?」「何が自分の本当の幸せなのか?」というもの。当たり前が当たり前でなくなったいま、こう自問することは増えたかもしれない。
■主な登場人物
井上亘 天文学者を諦めたサラリーマン。
井上一華 天体観測に悲しい思い出を持つ妻。
井上彼方 小学校でトラブルを抱える息子。
伊丹じいさん 自宅に巨大望遠鏡を構える偏屈な老人。
本書は4章構成。亘、一華、彼方、亘の視点から語られる。冒頭、亘は帰宅ラッシュの電車に揺られながら、もううんざりといった様子である。
「遥か宇宙の彼方で、水素を燃やしつくして消えつつある恒星のように、自分もまた高炉で焼き尽くされ、地球の灰と帰しても、さほど未練はない」
部長のご機嫌をとり、部下の顔色をうかがい、味気ない仕事を回す日々。帰宅し、風呂に入り、ろくに家族と話すこともなく、さっさと眠る。
妻がいて、息子がいて、家に帰れば温かい食事がある。幸福を感じる瞬間はあるのだが......「サラリーマンなんてこんなもんだろ」とつぶやく。
「この繰り返しが人生だ。人生。人が生きること。俺は本当に生きてるんだろうか。これが、生?」
亘は大学で天文学を専攻し、大学院へ進み、研究に没頭した。卒業後は天文研究所に就職、または大学に残って助教、いずれ教授......のはずだった。ところが家業が倒産し、既定路線は突然消えた。
いまでは、中途半端に人生最大の夢を諦め、いつまでも現実を受け入れられずにくすぶる「冴えないおっさん」になっていた。「こんな父親でいいのか?」――。
ある晩、亘は一華から相談を持ちかけられる。
「彼方よ。最近、夜中の二時くらいに、家を出てるみたいなの」
亘と一華が尾行していくと、彼方は公園で望遠鏡を覗いていた。事情を聞くと、望遠鏡は"じいさん"のものだという。亘が彼方と"じいさん"の家へ行くと、それはプラネタリウムを思わせるドーム形の豪邸だった。
"じいさん"は天文学者で、天文の世界から抜けた人間を「抜け天」と呼んだ。亘を「お手本のような抜け天だな」と一蹴するも、そのうち一華も加わり、"じいさん"と井上家の交流がはじまる。
一華には、不思議な過去がある。
小学生の時に「ベントラ、ベントラ、スペースピープル!」と呪文を唱えていたら、UFOを見たのだ。それから何度か、UFOと交信をしたことがある。
亘と一華は、大学の天文サークルで出会った。「星バカ」の2人が「星の世界」から離れた原因は、亘は家庭の事情、一華は10数年前のある出来事だった。
「私は、ずっと間違った時間を生きてきたのだろうか? あの時からずっと、時間を止めて、自分を生きることから目を逸らしつづけてきたのだろうか?」
家族関係がいびつになりかけていたところで、"じいさん"が登場。3人を「星の世界」に招き入れることで、物語は動き出す。
天文学者を諦めた亘に、「後悔してる?」と彼方が問う場面がある。亘は「したよ。何度もした」と答え、こう続ける。
「でも、お父さんみたいに一度間違えても、間違えること自体は当たり前のことなんだ。その後、どういう選択をして、どういう人生を歩んでいくのかっていうのは、誰のせいでもなく、自分自身の力だと思う」
本書のあとがきはnoteで公開されている。著者自身、30代半ばで「書く」ことに出会うまでは「精神の低空飛行」をしていたそうだ。
「物語冒頭の亘の独白というのは、書くことに出会う前の私自身の独白でもあったのかもしれません。そして、この世界をサバイバルする大勢の方の独白でもあるのだと思います」(noteより)
ある程度の年齢になると、おそらく感じずにはいられない「これで良かったのか」「このままで良いのか」という心もとなさ。その描写にいたく共感した。
■成田名璃子さんプロフィール
青森県生まれ。2011年『月だけが、私のしていることを見おろしていた。』で第18回電撃小説大賞を受賞し、デビュー。16年『ベンチウォーマーズ』で第7回高校生が選ぶ天竜文学賞、第12回酒飲み書店員大賞受賞。著書に「東京すみっこごはん」「今日は心のおそうじ日和」シリーズ、『咲見庵三姉妹の失恋』『坊さんのくるぶし 鎌倉三光寺の諸行無常な日常』など多数。
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