NHKの大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が、いよいよクライマックスを迎えようとしている。古都・鎌倉は年間2000万人もの観光客が訪れる、首都圏有数の観光地だが、実は「古都」らしい光景はあまりないという。本書『幻想の都 鎌倉』(光文社新書)は、古代から現代まで鎌倉の歴史をたどり、「幻想の古都」のイメージがいかにして形づくられたかを検証している。
著者の高橋慎一朗さんは、東京大学史料編纂所教授。専門は日本中世史、都市史。神奈川県立湘南高校在学中から鎌倉の魅力に親しみ、『中世鎌倉のまちづくり-災害・交通・境界-』『武家の古都、鎌倉』など、鎌倉についての著書も多い。
「はじめに」で、「鎌倉は、不思議な『古都』である」と書き出している。なぜなら、和食・和菓子・民芸品など「日本の伝統文化」風の商売が満ちあふれているが、それは日本各地の観光地で見られる一般的な「和テイスト」に過ぎず、鎌倉独自の歴史が反映されたものはほとんどないからだ。町並みもほとんど昭和になってからの建物である。
また、同じような「古都」である奈良・京都と比較して、「鎌倉には『政権の本拠』の痕跡がきわめて薄い」という。「古都」の源泉とも言うべき将軍の御所(幕府)の跡は、明確な範囲も確定しておらず、史跡や公園などのオープンスペースとして保存されているわけではない。
世界遺産登録をめざしたが、2013年にあえなく落選したのも、現在残る史跡だけでは「武家の古都」を十分に知ることができないからだ、と説明している。そして、「古都のような、古都ではないような、まちの佇まい」が、いかにして形づくられたかを探っている。
本書の構成は以下の通り。
第1章 源氏以前、源氏以後 紀元前~鎌倉前期 第2章 北条の都から戦国の鎌倉へ 鎌倉中期~室町後期 第3章 観光名所化する鎌倉 近世 第4章 幻想の古都 近代
鎌倉に人があらわれたのは、今から2万年前のことで、旧石器が出土している。縄文時代の遺跡も20カ所ほどで発見されているが、北西方面の郊外、大船周辺ばかりだ。縄文時代前期には海が深く入り込んでおり、人が住めるような状況ではなかったという。
弥生中期には海岸線はかなり後退し、遺跡も多く分布している。また、古墳もいくつか発見されている。奈良時代が都市鎌倉の出発点だとしている。集落の形成、道路・港などのインフラ整備がされた。
平安時代前・中期の鎌倉周辺は平氏の支配する地域だったが、源頼信・頼義父子が、河内を本拠にしながら、東国においては鎌倉という要所を支配下に置くようになった。頼義は、前九年合戦(1051~62)で、陸奥に赴き、安倍氏を滅ぼして争乱を平定した。陸奥から京都へ帰る途中の1063年、頼義は石清水八幡宮を勧請して由比ヶ浜に社殿を建立した。この八幡宮が鎌倉を象徴するようになる鶴岡八幡宮の淵源である。
鎌倉土着の武士と源頼朝との関係はドラマで描かれた通りである。高橋さんは、頼朝は鎌倉に幕府を置くしかなかった、と書いている。
「古代より軍事貴族が東国の支配拠点とし、河内源氏の嫡流が邸宅を構えてきた鎌倉を押さえることは、頼朝が武士のリーダーとしての地位を主張するには不可欠であった。また、関東の有力武士の協力がぜひとも必要であった頼朝が、彼らの既存の支配地域を奪取することなく、本拠を定めようとすれば、もともと河内源氏の拠点である鎌倉以外に候補地はなかった」
北条氏の時代にインフラ整備が進んだ。武家屋敷の新築や道路・港湾の整備が進み、武士の信仰のよりどころとなる寺社も建設された。考古学の成果からの試算で、鎌倉時代末期(14世紀前半)には6万人から10万人の人口があったという。現在の鎌倉市の中心部の人口が約7万人だから、「かなりの過密都市」だったと見ている。
時代はくだり、江戸時代に幕府は鎌倉を「都市」とせず「村」扱いにした。だが、鶴岡八幡宮は武家のリーダーたちによって崇められてきた経緯もあり、幕府による修復・再建事業が何度も行われた。そして江ノ島詣とセットで、江戸に近い観光地として親しまれるようになった。『鎌倉名所記』というガイドブックも刊行され、古都鎌倉の「幻想」が拡散していった、と指摘している。
そして近代。海に面した温暖な土地柄から、東京周辺の保養地・避暑地として別荘の建設が盛んになった。1889年、横須賀線が開通し、拍車がかかった。昭和に入ると、定住する人が増え、高級住宅地へと変化していった。川端康成ら多くの作家・芸術家が鎌倉に居住するようになり、「鎌倉文士」たちの姿が、日本の伝統的な精神性の象徴として、重ね合わせられていった、と論じている。
彼らは『源実朝』『北条政子』など、鎌倉時代を舞台とする小説群を著した。それらの作品がまた「武家の古都」鎌倉の幻想をつくったのである。
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