「カサンドラ症候群」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。正式な病名ではなく、パートナーや家族など、身近な人がアスペルガー症候群(現在はASD・自閉症スペクトラム障害)のためにうまくコミュニケーションをとれず、その関係性のなかで陥る苦しみを指す。
そうした状況はASDに限らず、自己愛性パーソナリティ障害を持つ人の周囲でも起こりうるという。自己愛性パーソナリティ障害は、平気で他人を利用する、自分の失敗を認められず他人のせいにする、傲慢な態度で相手を見下す、相手を自分の一部とみなすといった性質を持ち、時に周囲の人間を傷つける。
櫻木みわさんの著書『カサンドラのティータイム』(朝日新聞出版)はそんな、自己愛性パーソナリティ障害を持つ男たちに翻弄され、カサンドラ症候群に陥った2人の女性をめぐる物語だ。
一人は四国の離島出身で、スタイリストになる夢を叶えるために上京した戸部友梨奈。もとは実家近くの街で美容師をしていたが、人気スタイリストの菱田チカに憧れ事務所で働かせてほしいと頼み込んだ。最初は断られたものの熱意が伝わり、念願のアシスタントに。非正規で報酬は低かったが懸命に働き、菱田からも認められてきたころ、若き社会学者としてメディアにひっぱりだこの深瀬という男と出会う。ある夜、泥酔して深瀬と関係を持ってしまった友梨奈は、一方的にストーカーに仕立て上げられてしまう。
もう一人は元保育士で、夫の転職に伴い滋賀県に越してきた安居未知。夫の彰吾は祖父が経営する工務店で働きながら小説家を目指している。彰吾が家にいる日は気を使い、リビングにもキッチンにも近寄らず、洗濯機をまわす時間も料理のタイミングも、すべて夫の動向に合わせて暮らしている。さらには彰吾に「クズで卑劣だ」と罵倒されても、「自分が怒らせたから」と反省するばかり。なぜなら恋人時代に一度、「未知のせいで」破局をした経験があるからだ。しかし、もとはと言えばそれは、彰吾の未知に対する理不尽な言動が原因だった――。
自立心が強くガッツのある友梨奈と、無防備で幼さのある未知。対照的な2人だが、女性であること、非正規で社会的地位が低いこと、そして自分にも責任はあるという罪悪感や自信のなさが共通している。そんな2人の「カサンドラ」が出会い、物語は展開していく。読みながら何度も理不尽さに憤り、夫のモラハラに気づかない未知には「なぜこんなやつと別れないのか」と終始イライラさせられるのだが、ページを繰る手を止めることができず、最後まで一気に読んだ。
友梨奈は、自己愛性パーソナリティ障害について、未知にこう説明している。
「自己愛性パーソナリティのひとは、その不安定な自己を隠すために、ひとを魅了することに長けていて、周囲のひとは、その魅力に惹きつけられることはあっても、問題に気がつくことはほとんどありません。でも、身近な家族や近くで関わったひとは、その問題に直面し、激しく傷つけられ、くるしむことになります。」
世間的には著名人として活躍している、あるいは仲間内では「いいやつ」で通っているため、立場の弱い女性がいくら「彼はおかしい」と訴えても、誰も信じてくれない。まさにギリシャ神話に登場するカサンドラ王女のように、「誰にも自分の言葉を信じてもらえない」という呪いをかけられてしまったような、孤独で絶望的な状況に陥ってしまうのだ。
現代の女性が感じる息苦しさや生きづらさを描きながらも、しなやかで力強い、希望を感じさせるラストシーンに、読者からは「心底励まされた」「この物語を必要としていた」といった共感の声が集まっているという。
また、書店員からも、現代社会の問題を突き付けられ深く考えさせられたという感想とともに、「すっかり負けた側だと思っていた彼女たちが決して倒れず、強く立ち上がっていく様子に活力をもらえた」「この小説を必要とする人は必ずいる。そんな人に届けたいと強く思った」と、熱い反響が寄せられている。
知識は武器になる。パートナーの言動が理解できず苦しみながらも、「自分がおかしいのかもしれない」と自信が持てずに悩んでいる人にぜひ読んでもらいたいのだが、純粋に小説としても面白い。途中「え?!」と驚く仕掛けと意外性のあるラストを、ぜひその目で確かめてほしい。
本作は、2022年11月11日まで、朝日新聞出版「さんぽ」&「WebTRIPPER」で全文公開されている。
■櫻木みわさんプロフィール
さくらき・みわ/1978年、福岡県生まれ。作家。タイ、東ティモール、フランス滞在などを経て、ゲンロン大森望SF創作講座を受講。
2018年に作品集『うつくしい繭』でデビュー。他の著書に『コークスが燃えている』。
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