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目から鱗。世界史と人類の未来が「わかる」本です。

世界史の構造的理解

 理系の人には『物理数学の直観的方法』(講談社ブルーバックス)でおなじみの長沼伸一郎さんの新著が、『世界史の構造的理解』(PHP研究所)である。「直観的方法」シリーズで、物理数学や経済学について解説してきた長沼さんが、独自の方法と概念で世界史と人類の未来を見通している。「目から鱗が落ちる」ような読書体験ができることを保証する。

 副題が「現代の『見えない皇帝』と日本の武器」。テーマが世界史なので、日本についてはまとめて後述したい。


 今回、長沼さんがとった方法は、「過去の思想の古典のなかから、現代の大衆社会を正確に予言していたものを選び出し、それを物理の視点で抽象化してさらに未来に延長する」というものだ。

 たとえば、フランスの思想家ジャン=ジャック・ルソーが『社会契約論』(1762年)で述べた「一般意志」と「全体意志」は政治学の最大の核心である。これは「長期的願望」と「短期的願望」の概念で、より簡単に再定義できる、としている。

 つまり、「全体意志=短期的願望」を抑制して「一般意志=長期的願望」が最大限に実現されるために、もっとも効率的なシステムは何か、ということをめぐり、議論が続いてきた。

 しかし、「短期的願望は、それをたくさん集めれば長期的願望に一致してくる」という考え方が、資本主義を正当化するための論理として米国で登場。それを支えたのが、アダム・スミスが『国富論』(1776年)で唱えた「神の見えざる手」――「需要と供給が均衡するよう市場が自動的に動くことで、社会には最適な状態が達成される」という理屈だった。

 その根源には、「部分の総和は全体に一致する」という教義があり、これは啓蒙思想が生まれたときに天体力学が持つ一種の錯覚によって生まれた、と説明している。

 天体力学は画期的ツールである微積分学に支えられた。「物事はばらばらなパーツに分解すれば解くことができる」という方法論は、社会や政治学にも拡張されていったという。

 しかし、天体が2個だけなら簡単に解くことができるが、各天体が同程度のサイズの場合、たった3個の天体があるだけで問題は全く解けなくなる。「三体問題」として知られる数学史上の難問だ。

 これには例外があり、幾何学的にシンメトリーな特殊パターンを仮定すれば解ける場合があり、西欧の「調和的宇宙観」との親和性があるというのだ。だが、実際の世界はそうではない。ここに米国のドグマや社会思想のアキレス腱がある、と指摘している。

 このように、古典(思想)と物理(科学)を並べてみることで、本質に迫るのが長沼流だ。

現代世界の「形のない皇帝」とは?

 さて、現代のグローバリゼーションは何ものの「意志」によって推進されているのか。ここで「縮退力」という概念を示す。生態系の秩序が破壊されると、ごく一部の強い種や勢力だけが栄える。巨大なショッピングモールができ、そのなかに経済活動が集まってしまうことで、個人商店がつぶれてしまうのも、その例だ。資本主義が富をもたらすメカニズムと不可分で、「巨大マーケットとメディアのなかに発生して世界を一方向に動かそうとする、この仮想的な権力こそが現代世界の『形のない皇帝』である」と説明する。GAFAなどは、この帝国にもっとも忠実な勢力だ。

 その行き着いた先にあるのは、短期的願望が極大化した「コラプサー状態」(天体の末期を示す物理用語)で、人間が「快楽カプセル」のなかに入り込んで出てこなくなるという、いわば「現代のアヘン窟のようなものであり、それは実質的な世界史の終焉である」と書いている。

 西欧社会は過去、少なくとも2回「コラプサー化」の危機に陥ったが、イスラム文明の存在の影響で、そこから抜け出すことができた。だが、イスラム世界は西欧が生み出した「微積分学」を受け入れることができず、西欧の後塵を拝することになったという。

 世界の出口はどうすれば見出せるのか? フランスの政治学者アレクシス・ド・トクヴィルの『アメリカの民主政治』(1835・1840年)が、「コラプサー化」をすでに予言していたとして、その言葉に導かれ、科学者としての責務を以下のようにまとめている。

 「現代の人類社会のなかで『不滅性』という価値観にもっとも近いものを最大限に体現する集団として、その存在感を社会に示し続けるだけでよい」

「理数系武士団」が「知的制海権」握れ

 日本の歴史では、国難の折に「理数系武士団」と呼ぶべき集団がまとまって出現し、彼らが歴史を動かすという光景がしばしば見られていたという。戦国時代の織田信長、幕末期の洋学者、蘭学者をその典型に挙げている。

 翻っていま日本は何をすべきか。物理学の宇宙観までをも含む学問の世界の覇権、つまり「知的制海権」がカギとなる。現代の「理数系武士団」が立ち上がることで、米中の壁を突破することが日本にとって唯一の出口だ、と結んでいる。「理数系武士団」は独創的な発想力をもつ思想家、開明派官僚、各地の自発的学習者、文系出身の「伝道者」(坂本龍馬のような)で構成されるという。この「檄」をどう受け止めるか。それぞれが問われている。

 長沼さんは1961年生まれ。早稲田大学理工学部応用物理学科卒業後、同大学理工学部大学院中退。『物理数学の直観的方法』で、理系世界でその名を知られる。BOOKウォッチでは前著『現代経済学の直観的方法』(講談社)を紹介済みだ。



 


  • 書名 世界史の構造的理解
  • サブタイトル現代の「見えない皇帝」と日本の武器
  • 監修・編集・著者名長沼伸一郎 著
  • 出版社名PHP研究所
  • 出版年月日2022年7月 4日
  • 定価1870円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・287ページ
  • ISBN9784569852256

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