人に迷惑をかけたくない。だから、刑務所に入りたい。
矛盾しているように聞こえるが、家族も収入もなく、頼る人がいない高齢者が罪を犯し、自ら希望して刑務所に入るという事例が、後を絶たないという。
老親を看取り、気づけば結婚もせずに76歳になった一橋桐子(76)もまた、「ムショ行き」を希望する高齢者の一人になった――。
最新刊の『財布は踊る』(新潮社)を始め、『三千円の使い方』(中央公論社)や『東京ロンダリング』(集英社)など、お金と住まいを巡る家族小説の名手、原田ひ香さんが、2020年に上梓した『一橋桐子(76)の犯罪日記』が、8月9日に文庫化された。
主人公の一橋桐子は、年の離れた姉が先に結婚して家を出てから、両親の面倒を一人で見てきた。2人を看取った後、相続のことで姉と不仲になり、甥や姪とも疎遠なまま。そんな桐子に、夫を亡くしたばかりの親友、トモは「一緒に住まない?」と提案した。73歳の時だった。
郊外にある築50年近い一軒家で同居を始めた2人は、月に一度はランチビュッフェに繰り出したり、俳句の会に通ったりと、楽しい日々を過ごしていたが、3年後、トモは病気であっけなく亡くなってしまう。独りになった桐子は家賃を払うことができず、格安の高齢者用アパートに引っ越すことに。前に住んでいた老人が亡くなり、部屋が空いたのだという。しかし、引っ越し当日に「意地悪ばあさん」に敵意をむき出しにされ、早くも不安にさいなまれる。
もうここに住むしかないのだ。死ぬまで。(中略)
いや、ここにいられればまだましで、今の貯金のない状態ではいつ追い出されるかわからない。
このままだと孤独死して人に迷惑をかけてしまう。絶望を抱えながら過ごしていたある日、テレビで驚きの映像が目に入る。収容された高齢受刑者が、刑務所で介護されている姿だった。
「これだ!」光明を見出した桐子は、「長く刑務所に入っていられる犯罪」を模索し始める。
著者の原田ひ香さんは、「テレビや雑誌で、凄惨な事件や驚愕の出来事などを見るのが苦手」だという。
「そんな時は事件の当事者の、いったいどこに分岐点があったのか、どこでどうすれば事件に巻き込まれなかったのか答えが出るまで考えてしまいます。残念ながら、答えが見つからないこともしばしばです。桐子さんは小さな幸せから放り出されました。彼女が事件に巻き込まれないように一緒に考えてはくださいませんでしょうか。共に、はらはらしてくださったら幸いです。」
スーパーで逡巡したすえに、イチゴ大福をこっそりバッグの中に入れてしまった桐子。ほかのものはレジを通して支払い、何食わぬ顔で店を出た。捕まえてほしかったのに、こんなに簡単に万引きができてしまうなんて、と思ったその時、桐子は後ろから強い力で腕をつかまれた。
果たして彼女は、希望通り「長く刑務所に入っていられる」のか、それとも――?
今は刑務所なんて絶対に入りたくないが、自分の老後ももしかしたら......と考えさせられる。人とのつながりが疎遠になっている今こそ、読んでおきたい一冊。
■原田ひ香さんプロフィール
1970年神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。著書に「東京ロンダリング」「三人屋」「ランチ酒」シリーズ、『母親ウエスタン』『ミチルさん、今日も上機嫌』『ラジオ・ガガガ』『三千円の使いかた』『まずはこれ食べて』『古本食堂』など多数。
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