整形ポリスに不倫裁判官、YouTubeの粘着フォロワー。コロナ禍で「取り締まり」が一層厳しくなる世の中で、今もどこかで誰かが標的になっている。
綿矢りささんの『嫌いなら呼ぶなよ』(河出書房新社)はそんな、「矛先を向けられた人」をめぐる4つの話を収めた短編集。
表題作の「嫌いなら呼ぶなよ」は、何人もの相手と不倫をしてきた「僕」が、妻の親友のホームパーティーに招かれ、「ミニ裁判」にかけられる話だ。証拠写真を突き付けられ、不倫の事実を認めた「僕」を、その場にいる人々は口々に責め立てて――。
「一応、暴力だろ。石でも言葉でも嫌悪でも。」
主人公の独白のかたちで綴られる文章はテンポよく、皮肉とユーモアが効いている。心の内で不倫「シタ側」の理屈をこねる「僕」は、謝罪の言葉を口にしながらもどこか他人事で、責める側からすれば暖簾に腕押し。その「刺さらなさ」がなんとも可笑しい。
綿矢さん自身と思しき人物が登場する、書き下ろしの「老(ロウ)は害(ガイ)で若(ジャク)も輩(ヤカラ)」も面白い。
42歳の女性ライター「シャトル蘭」と37歳の女性作家「綿矢」がメールで激しいバトルを繰り広げたあげく、傍観を決め込んでいた26歳の男性編集者、内田を巻き込んで三つ巴の決戦が始まる。
きっかけは、シャトル蘭が綿矢を取材してまとめた原稿を、綿矢が気に入らず全文書き換えたことだった。プライドを傷つけられたシャトル蘭は激怒。メールでの泥仕合に展開した。
ふたりとも文面は丁寧だが、敵意をむき出しにして大人げなく応酬をくり返す。たとえばこんな具合に。
...こちらの発言、掲載がお嫌でしたら削除させていただきますが、録音という動かぬ証拠がございますところ、捏造などでないことはご了承ください。 シャトル蘭より
...それで私をやっつけた気になっているのなら、片腹どころか両腹痛いです。笑ろてまいます。とにかく私の指示通りに原稿を直してください。現在あなたに必要な役目はそれだけです。 綿矢より。
有名作家とベテランライターとの板挟みになった内田に同情しつつも、彼の本音にドキリとさせられる。言い得て妙なタイトルの意味は、ぜひ本書で確かめてほしい。
ほか、整形をテーマにした「眼帯のミニーマウス」、YouTuberと粘着ファンを描いた「神田タ」の2編を収録。
マスクで隠れた口、メール、SNS。全方位から容赦なく飛んでくる言葉の刃をまともに食らっていたら、身が持たない。いつ自分に矛先が向くかわからない時代、本書の登場人物たちのように「ちょっとアンタ、聞いてんの?」と言われるくらいの図太さが必要なのかもしれない。
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