「許さない。でも、愛してる。」
奥山景布子(おくやま きょうこ)さんの『やわ肌くらべ』(中央公論新社)は、「明治を生きる"新しい女"たちの三つ巴恋愛譚」。史実をもとにした恋愛小説だ。
明治33(1900)年に浪漫主義運動の旗頭となる文芸誌「明星」を創刊し、多くの才能を育てた歌人・与謝野鉄幹。「明星」の草創期を支え、子をなすも裏切られた滝野。歌の才を愛されながら、夭折した登美子。鉄幹の妻となり、歌人として大成した晶子。
鉄幹と、彼に身も心も翻弄された3人の女たち。彼らの間になにがあったのか。その心の内は。
与謝野晶子の運命の男・鉄幹には、内縁の妻、そして、激しく契り合う教え子がいた――金、才能、魂、すべてを燃やした果てに、彼女たちが手にしたものとは――。
本書は「第一章 人を恋ふる歌」「第二章 みだれ髪」「第三章 白芙蓉」「第四章 恋衣」「第五章 燃ゆるわが火」の構成。滝野、女中のもよ、晶子、登美子が交互に語り手となる。
すべてが史実どおりではないかもしれないが、それにしても、教科書で習った人物とイメージがかけ離れていた。まさか、鉄幹がこんなにも色男だったとは。
滝野は11歳のとき、山口の女学校で教師をしていた鉄幹(当時は本名の寛)と出会った。滝野に目を掛け(目を付け)ていた鉄幹は、自身が女学校を辞めたあと、滝野のもとに手紙を送るように。そして滝野が22歳のとき、結婚を申し出る。
滝野は良家の長女だが、鉄幹は27歳の若さで新聞に連載記事を持ち、詩歌集を2冊出版している文士ということで、滝野の両親は信頼し、結婚を了承した。
ところが、雑誌社を作る計画があるからと、鉄幹は滝野に金を無心するように。弾んだ気持ちが潰れたまま、滝野は鉄幹と東京で暮らし始めた。そして明治32年、鉄幹は「東京新詩社」を立ち上げる。
「『おれはもっと大きな存在になる。日本で知らぬもののない詩人になるのだ。その妻になるのだから、小さいことに汲々(きゅうきゅう)とするな』 あとで分かるのですが、これが、寛さんの口癖でした」
晶子は大阪の和菓子屋に生まれた。女学生の頃から家事と家業に追われていた晶子の楽しみは、本を読み、時に歌を作ること。そんな晶子にとって、「明星」は「極彩色の万華鏡」のように映った。
そのうち「明星」に歌を投稿するようになると、晶子はとある名前が気になってきた。山川とみ子(のちに登美子)。「この人に負けぬよう、もっと良い歌を詠んで、鉄幹先生のもとに届けなくては」
そう思っていた折、歌会と講演会で大阪に来ていた鉄幹と、晶子、登美子が対面する機会が訪れる。背が高くすらりとした鉄幹を見て、「ひときわ精悍」「まるで別の世界の人のよう」と晶子は思った。
「白百合のとみ子嬢に白萩の晶子嬢。こんな名花が咲き競えば、我が『明星』はますます輝きます」などと言って女たちをどきっとさせるが、鉄幹には滝野がいて、もうすぐ子どもも生まれるのだった。
実のところ、滝野は鉄幹の浮気癖に気づいていた。届いた郵便物はすべて滝野が開けて良いことになっていて、晶子と登美子から送られてくる鉄幹への恋の歌を目にすることも。
「なぜ平気でかような歌を寄せてくるのか。ことさら私に見せつけるように。架空の恋、歌の恋。だから許せというのでしょうか。私には理解できません。言葉を弄(もてあそ)び、人の気持ちを弄ぶ人たち」
福井の良家出身の登美子は、大阪で女学生をしていた。鉄幹と晶子と3人で会ってから、晶子を「お姉さま」と慕っていたが、実は鉄幹と一夜を共にしたことを、晶子に隠していた。ただ、どんなに甘美な時間を過ごしたところで......。
「すべてを捨てても良いと思っているのは、私の方だけ。先生の方は、自分のものにしておきたいものが、他にもたくさんたくさんあるのだ」
まったく罪深い男である。では、晶子はどうだったのか。鉄幹に誘われて行った京都の宿での一夜を、こう語っている。
「私はただただ夢中で、先生のなすがままになっておりました。(中略)恋の歌をあれほど数多く作っていながら、真実、男を受け入れるとはどういうことなのか、ようやくこの夜、知ったのです。離れがたく、離れがたく、離れがたく」
鉄幹と滝野は別れ、鉄幹と晶子は夫婦となる。しかし、鉄幹の相変わらずの浮気症、経済的困窮、夫婦間の知名度の差......と、ここからますます波乱の展開が。
愛情、嫉妬、欲望が渦巻き、ドロドロしていく感じが活写されている。「生涯に一度」の「真の恋」に、こんなにも情熱的になれる彼女たちを羨ましく思う。近代文学に詳しくなくても、歴史小説を読み慣れていなくても、恋愛小説として楽しめる作品。
■奥山景布子さんプロフィール
1966年愛知県生まれ。名古屋大学大学院文学研究科博士課程修了。文学博士。高校教諭、大学専任講師などを経て創作を始める。2007年「平家蟹異聞」で第87回オール讀物新人賞を受賞。09年受賞作を含む『源平六花撰』で単行本デビュー。18年『葵の残葉』で第37回新田次郎文学賞、第8回本屋が選ぶ時代小説大賞を受賞。その他の著書に『音四郎稽古屋手控 音わざ吹き寄せ』『寄席品川清洲亭』『圓朝』『小説 真景累ヶ淵』『浄土双六』『流転の中将』『義時 運命の輪』などがある。
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