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希少言語に秘められた異世界――言語が消えれば、世界も消える。

あなたの知らない、世界の希少言語

 地球上では現在、すでに絶滅してしまった言語を除いて7000種類もの言語があるという。そのうち、6大陸に散在する珍しく、大半が小集団でしか使われていない言語の歴史と特徴を、豊富な写真と地図を交えて解説したのが『あなたの知らない、世界の希少言語』(日経ナショナル ジオグラフィック)である。最新の海外のニュースで報じられる地域を、本書の地図で見つけていくと、思いがけない言葉の歴史が潜んでいることに気づかされる。そして、その多くが消滅の危機にある。

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言語の数だけ異なる世界が存在している

 本書に出てくるわけではないが、言語学に「サピア・ウォーフの仮説」がある。人は言語によって世界を認識するので、言語が違えば世界認識も違うという仮説である。人間が認識する世界は、その人間にとっては世界そのものといえるから、言語の数だけ異なる世界が存在しているようなものだ。

 本書の最初の方に出てくる、ネパールの熱帯雨林の少数民族が話す「クスンダ語」には緑を表す言葉がない。周囲が緑だけの世界なので、それを表す必要がないと考えられている。他にも色の種類を表す言葉の数が限られている民族が出てくる。

 日本人にとって虹の色は7色だが、米国などでは6色で、5色という言語もあるというのは有名な話だ。言語によって認識される世界は色だけではないが、言語によって世界は異なる色味を帯びて映っていることは興味深い。希少言語には多くの人が話す言語とは違う異世界が秘められている。

 著者のゾラン・ニコリッチ氏は、連邦国家だった旧ユーゴスラビアの生まれ。「あとがき」によれば、旧ユーゴは多民族国家で、南スラブ語族のセルビア・クロアチア語を主要言語としていたが、それとは別に10を超える言語が話されていたことから、子供のころから言語に興味を持ち始めたという。内戦の末に旧ユーゴから多くの国が独立したが、その単位は民族でもあり、言語だった。旧ユーゴという世界が、言語ごとの異なる世界に再編されたわけである。

 本書で扱う希少言語は「孤立語」と「言語島(とう)」に大きく分けられる。前者は語族、語派といった言語の系統関係から孤立している言語のことだ。スペインとフランスの国境地域のバスク地方のバスク語はその典型であり、現在使われているすべての言語から孤立している唯一の古ヨーロッパ言語だ。そのバスクがスペインから独立する動きは日本でも折に触れ、ニュースの話題になる。

アイヌ語は日本語とまったく別系統の言語

 孤立語として、日本の先住民アイヌ人のアイヌ語も取り上げられている。アイヌ語は日本語の方言ではない。語彙が異なるだけでなく、「膠着語」の日本語に対して「抱合語」に分類される、まったく別系統の言語である。

 アイヌ語は、日本の明治政府以降のアイヌ同化政策により消滅寸前となり、ユネスコが2000年に消滅危機の度合いを「極めて深刻」と位置付けた。日常的な話者は数十人と言われた、そのアイヌ語が21世紀に「アイヌ新法」によって存続に向けて動き出したことも記されている。これは、言語によって、アイヌの人たちの「世界」が存続・復活するということでもある。

 希少言語のもうひとつの類型「言語島」は、地理上の水面に囲まれた島のように、ある言語が、より多くの話者を持つ別の言語に囲まれている地域のことである。 著者の出身もあり、ヨーロッパの言語島が数多く取り上げられている。まったく理解できない言語が話されている地域が、同じ国のすぐ隣にあるというのは、日本では考えられないが、ヨーロッパの「言語島」は古代から近代まで、民族と国家、ときには宗教の抗争の結果として生まれたものが多いことと無関係ではない。

東京にもある言語の「孤島」

 本書では、日本の東京にも「言語島」があることを紹介する。それが「八丈語」である。

 文字通り、伊豆諸島の「八丈島」と「青ヶ島」で、主に年配者によって話されている言葉だ。地元では「島言葉」と呼ばれる八丈語は、八丈島からさらに1200キロ離れた大東島周辺の島々でも話されているという。本書では、「八丈語」を「非常に特殊な日本語の方言」とも、日本語と琉球諸語を合わせた「日琉語族」に属する「独立した小さな言語」ともいう。

 八丈語には、語彙を含め、上代東国方言の要素が今も残っていると考えられており、八丈島から遠く離れ、むしろ沖縄に近い大東島でも話されていることも不思議ではある。その理由が日本の中世から近代までの歴史の凝縮であることを本書で知った。

 いまロシアの侵攻を受けているウクライナも少なからず登場する。原著は今回の侵攻前に発行されているが、本書の中部ヨーロッパを扱う何枚もの地図を眺めながら、現在のウクライナと周辺の民族と国の歴史が、どれほどの多くの民族の抗争と言語の交流によって形作られてきたかが垣間見える。

 今回の侵攻後、日本政府は、ウクライナ政府の要請もあり、他国にならって首都の正式呼称をロシア語のキエフからウクライナ語のキーウに変更した。日本のメディアも他の地名を含め、ウクライナ語の呼び名に変えた。その土地はウクライナに属することを、多数派のロシア語による地名を消滅させ、少数派のウクライナ語呼称を国際社会に広めることを示したことになる。

 英語が世界共通語になりつつあるといわれるが、ウクライナ語に限らず、どんな希少言語も、それが背負う世界の重さは変わらない。ひとつの言語が消えるということは、ひとつの世界が消えることである。



  • 書名 あなたの知らない、世界の希少言語
  • サブタイトル世界6大陸、100言語を全力調査!
  • 監修・編集・著者名ナショナル ジオグラフィック編/ゾラン・ニコリッチ 著/藤村 奈緒美 訳/山越 康裕、塩原 朝子 監修
  • 出版社名日経ナショナルジオグラフィック社
  • 出版年月日2022年6月20日
  • 定価2,750 円 (税込)
  • 判型・ページ数A5判 240ページ
  • ISBN9784863135314

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