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「他人には用心、信頼できない警察、国会、ましなのがテレビ」ロシア人意識調査からウクライナ問題を考える

ロシア、中欧の体制転換―比較社会分析

 破壊されるウクライナの町、逃げ惑う市民の映像、他方でロシア発の「ウクライナはネオナチ、戦争の責任はNATOだ」というプロパガンダ。日本で連日報道される悲惨なウクライナ戦争を見ながら、ロシアの人は実態を知っているのか、近隣諸国の人たちはロシアをどう思っているのか、疑問がわいても実態や背景がなかなか理解できない。ロシア、防衛の専門家がテレビで解説するが、戦争現場の説明が精いっぱいだ。改めて感じるのは、日本人はロシア、東欧の歴史や社会をほとんど知らなかったことだ。

 テレビに駆り出された学者のように、この分野を研究している学者、研究者は少なくなく、その著作物も多いが、一般の人がそれを目にすることはほとんどない。紹介するのは、ロシアと中欧をより理解するための1冊『ロシア、中欧の体制転換』(石川晃弘著、ロゴス)である。発行は今回のウクライナ戦争前の2020年。この地域の社会調査資料を分析、今回の戦争以前からの社会構造、歴史的な背景、そして共産主義とその後のロシア、中欧の民衆の意識を紹介している。

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国土広すぎて実感なし? 格差意識低いロシア人

 著者は中欧、とくにスロバキアを長年研究フィールドとしてきた社会学者、中央大学名誉教授。社会主義時代から体制転換された後のロシアと中欧の社会を比較分析している。
 興味深いのは、ここで紹介されている数々の社会調査結果と地域に広がっていた小噺だ。市民の本音が垣間見える。当然のことながらロシアとかつては衛星国だった中欧、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーなどはひとくくりでは言えない、異なった歴史と体制であり、それぞれの地域によって社会意識、ロシア観などが異なることである。

 2015年の世銀調査から旧ソ連圏の所得格差について4つに分類している。

 ①一人当たり国民所得は高いが国民内部の格差が大きい国ロシア、エストニア、ラトビア、リトアニア②国民所得が低く、内部格差も小さい国ウクライナ、ベラルーシ③国民所得が高く、格差が小さい国チェコ、スロバキア、ハンガリー、ポーランド④所得が低く格差が大きい国ブルガリア、ルーマニア。

 同じ旧衛星国でも国民の意識の違いが顕著である。中でもウクライナは所得格差が小さいのに、国民は格差が大きいと意識している。ロシアが逆に格差が大きいのに格差社会だとみている人の割合が低い。著者は、旧社会主義国に関して経済水準と国民の所得格差には相関関係が認められないとしている。ロシアの格差については、国土が広く地域による格差が統計に反映されているとみる。

反ロシアのポーランド、対極にあるスロバキア

 安全保障の点から見ると旧ソ連衛星国間での違いがある。2017年の調査によると、自国がNATOに加盟していることについての質問でポーランドやチェコでは「よい」が60%を超える。スロバキアでは37%。スロバキアでは「ロシアがパートナー」だとする人が75%あった。ポーランドではパートナーとする比率が60%に対し、チェコやハンガリーではパートナー視する人の割合が半々。スロバキアでは米国を警戒する人の割合が60%あった。2018年の調査でトランプ大統領とプーチン大統領の支持について質問しているが、ポーランドでは46対13でトランプ、ハンガリーでは30対33、チェコでは27対32でプーチン寄り。ポーランドの対極にあるのがスロバキアで、16対41でプーチン支持者が多かった。

 著者はポーランドに代表される反ロシア意識について、共産主義は中欧諸国の民衆にとってロシアの勢力拡大を正当化する外来思想として映り、拒否反応を引き起こしたとみている。ポーランドが特に顕著だと。

ブレジネフ時代は「自由」だった

 ウクライナ戦争に関する大きな疑問の一つ、ロシアの人々はいかなる情報を得ているのか、情報への信頼度はどうなのか。他人に対する信頼度とマスメディア、公共機関に対する一般市民を対象とした信頼度調査が紹介されている。

 「あなたは大抵の人は信頼できると思いますか、それとも用心したに越したことはないと思いますか」と質問している。1989年には「信頼できる」が52%、「用心が必要」が41%だったが、体制転換後は「信頼できる」が減り、「用心が必要」が50%を超す変化となった。1998年以降は「用心が必要」の割合が60から70%もある。他人を信用できない社会になっているとみられる。

 この傾向は公的機関に対しても見られる。不信頼度点数を見ると、最も信頼できないのがNPO/NGO、次いで国会、警察、地方政府と続く。「あまり信用できない」の水準だという。不信頼度が低いのはテレビ、社会福祉制度、医療保健施設だが、「ある程度信頼できる」の水準に至ってはいない。

 著者はペレストロイカ後に調査の場で会った女性労働者の声を紹介している。「ロシア民衆にとって一番幸せな時期はいつだったか」という質問に、彼女はブレジネフ時代だと強い調子で答える。雪解けのフルシチョフ時代でも、ペレストロイカを始めたゴルバチョフ時代でもなかった。

「あなた、自由ってなんですか。ブレジネフ時代には安い料金で劇場にもコンサートにも行けた。夜遅く女性が一人で歩いても安全だった。今は檻の中にいるようなものであのころはもっと自由だった」

 西欧や日本が考える自由とは違う。米国トランプ支持者と共通する意識の底流を感じる。





 


  • 書名 ロシア、中欧の体制転換―比較社会分析
  • 監修・編集・著者名石川 晃弘 著
  • 出版社名ロゴス
  • 出版年月日2020年9月 1日
  • 定価1,870円(税込)
  • 判型・ページ数188ページ
  • ISBN9784910172026

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